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金の燕

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 翌日は晴天だった。
「勝負ありッ! 勝者、赤、キサズ・ツジ!」
 鼻先に木剣を向けられ、両手を地面についたオレの耳に試合終了の声と鐘の音が届く。立ち上がり自分の木剣を拾い上げ、相手をして頂いた第六番隊の中年のおじさまと向き合って礼、試合場所だった第二陣から退きながら個人的に握手を交わす。
「マイク・エナ君。確か脚を評価されたんだったね」
「は、はい」
「うむ。瞬発力に長けているようだ。鍛えればスピードだけじゃなく、パワーも出るようになるだろう。頑張って欲しい」
「あ、ありがとうございますっ!」
 摸擬試合には結局負けはしたものの、こうやって現役で活躍する軍人に褒められてアドバイスをもらえるのはとても嬉しい。開戦までに能力を引き出せるかどうかは別として、士気はとても上がる。
「エナ副隊長の弟でありシグ隊長の知り合いか……うん、実に楽しめた」
「……ハイ?」
 推薦者のラン兄さんはともかく、ローラの知り合いということもバレていたのか。ツジ氏はオレを眺めながらふむふむと続ける。
「ヒガ隊長の息子さんが気に入るのも頷ける。将来有望な人材だ」
「え?」
「ほら、噂をすれば第三陣は息子さんの番じゃないか」
 誰のことですか、の疑問は自分の目で確認し解けることになった。
「赤、アモリ・ヒガ!」
 そういえば聞いたことがなかった、聞いていたとしても気にしたことのなかった、あの人の姓。長めの髪を一つに括った、アモリさんが立っていた。
 そして対する相手は。
「白、ローラ・シグ! 両者、前へ!」
 陽光に金髪を反射させる、ローラだった。軍服をスマートに身に纏う姿は今まで見たことがない。背筋を伸ばし堂々と敵役と対峙した、まるで別人のような立ち姿に数秒見惚れた。
「いやあこれは本当にランダムかね。こういっては不謹慎だが、大変おもしろい試合だ」
「あ、あの、……ヒガ隊長って……」
 心臓が一転、大きく脈打つ。ざわざわと嫌な予感が全身を駆け巡る。外れてくれ。自分の予想に祈った。
「白のシグ隊長――ローラ殿の前任だった、第十五番隊隊長のことさ」
「始めっ!」
 カン、と鐘が鳴る。アモリさんとローラが同時に踏み込んだ。
 オレはツジ氏にもう一度礼をいい、第三陣の見学席へ駆け寄る。そこで振られる手に気付き、オレは見慣れた傷痕を持つ男の隣に駆け寄った。
「ナロトン!」
「見てたぜ、マイクの兄貴。なかなかいい試合だったじゃねえか」
「それ、それより、第三陣……!」
「姐御だな! それにアモリだ、どんな試合を……」
「アモリさん、前隊長の息子なんだ!」
 ナロトンが振り返る。何だって、と漏らしたナロトンの呟きは湧いた歓声に打ち消された。陣の中ではローラがかすかに押されていた。オレは周りに負けないよう、でも聞こえないよう、ナロトンの耳に顔を近づける。
「調べたなら知ってるだろ? ローラは怪我をしたヒガ隊長を押しのけた形で隊長になったんだ」
「でもそれはその後の手腕を賞されてのことだろ?」
「昨日の夕食のことを思い出せっ!」
 苦い顔をしてナロトンが黙った。第三陣の試合は続いている。
「……正直自分は、マイク、お前さんのことを狙っているんだと思ってたんだ」
 馬車の乗り換え場所で声をかけて来たときから、ずっとオレばっかり見ていたからだとナロトンは言う。そういわれれば、アモリさんはいつもナロトンが隣にいても構わずオレに話しかけていた。ナロトンは続ける。見た目からして弱そうなのに強力なバックがある、いじりやすい対象だったのだと。自分は陽へ向かうタイプだったがあいつは陰へ向かういじり方をするだろうと踏んだのだと、ナロトンが陣内を横目にひっかけつつ説明した。
 いじりやすいとかやっぱり思われていたのか。少々落胆を隠せないオレに、でも一応今回の試合では訓練生同士は当たらないから安心していたんだがと呟き、ナロトンは目を細めた。
 また歓声が上がった。よろけたローラにアモリが突きを繰り出し、それをローラが木剣で弾いた。
 何かがおかしい。女とはいえ元剣術部主将、現第十五番隊隊長のローラが訓練生ごときにこんなに時間をかけるだろうか。
 オレはじっと二人を観察し、あっと気付いた。
 ローラの碧色の目に、チカッ、チカッ、と太陽ではない人工的な光が瞬間的に入っている。
 オレはざっと周りを見渡し、光の根源を探し、一点を見つめローラの様子を確かめる。歓声が上がる。もう一度一点に視線を移し、ナロトンに縋りついた。
「あの木! 誰かがいる! そいつがローラの試合を妨害してる! 多分、アモリさん……アモリのグルだ!」
 恐らくは鏡か何か、どこにでもあるような身近な道具なんだろう。それをこの眩しい太陽の光を反射させ、ローラの視界を遮断させている。
「オレは試合をやめさせる! 摸擬とはいえこんな不正が許せるか!」
「……わかった!」
 見れば第一陣と第二陣では試合は行われていなかった。この試合は戦争前状態での一種の娯楽なのかもしれない。人混みを掻き分け、審判に近づく。
「失礼!」
「な、何だ貴様は!」
「第三番隊副隊長、ランゾール・エナ推薦訓練生、マイク・エナです!」
 止める髭の男の腕を振りきり、片膝をつく。オレは審判の目を見ながら訴える。
「この試合、やめさせて頂きたい!」
 何事かと周り数人がざわつくも、オレの奇行に関心を持つ人間は少なかった。
「ロー……、白のシグ隊長の行動を妨害する輩がおります! 今すぐ中止の命を!」
「な、何っ?」
 ナロトンが向かっているはずの木を指差すオレを他所に、また歓声が上がった。ざざ、と砂の擦れる音。
 片膝をついたローラの碧の目に、また光が映った。眩しさに目を瞑った隙を突き、アモリの木剣がローラの顔を狙う。
「――ッ!」
 スタートダッシュのごとく、足裏と腿に全身の力を込める。
「あ、こら!」
 地を蹴る。
 必死だった。好きだとか嫌いだとか考えたり思っている暇なんてなかった。ただ、ローラの元へ全力で駆け寄っていた。
「来るな!」
 アモリ目掛け振り上げたオレの木剣がローラの木剣に弾かれ、直後、左腕に熱さが走った。
「マイク!」
「……アモリ、さん!」
 ローラを庇った左腕が血を滲ませている。血を認識した途端、痛覚が暴れ出す。アモリの手の中で何かが銀色に煌く。燕ではない。
 ローラはわかっていたんだ。こいつの懐に、本物の刃物が忍ばせてあることを。
「邪魔だよ!」
 アモリは今まで見せたことのない恐ろしい形相でナイフを横に薙いだ。
 ちっ、と舌打ちを聞いた気がした。
「父上の仇!」
 背後から右腕をとられ、視界が反転する。慌てて視点を元の位置に戻すと、オレの前を金色がよぎった。実際の時間と反比例してゆっくり映るその光景。金色を認識した数瞬後、赤を見た。
「……ロ、」
 傾ぐ女の身体を抱きとめたと同時、駆けつけた軍人がアモリを押さえつけた。碧色は金色に隠れて見えない。
「ローラぁ!」
 半開きの口許の下、頭と胴体の繋ぎ目の首から、だらだらと鮮血が流れ落ちていった。

   * * *

「マイク!」
 肩を揺すられ、ビクリと頭を上げる。
「ラン……兄さん……」
作品名:金の燕 作家名:斎賀彬子