「姐ご」 13~16
瓦屋は、いっそう目を細めます。
スッパーン、と快音を残し、
糸を引くようなボールが青空に吸い込まれていきます。
見事な球筋でした。
俺の指定席に入り込むとは良い根性だが、それ以上に良い腕前だ。
それにもまして、俺好みのまったくの良い女だなぁ、
心底惚れぼれするぜ・・・・
「なぁにしらばっくれて、そこで見てんのさ~、
ナイス・ショットでしょ。」
と、女が振り返りました。
「あ、あっれ~ 姐ごかよ! 」
「へへへ・・・・
ずいぶんと鼻の下を伸ばして、よだれまで垂らしていましたぜ、姐さん。
兄貴が今にも食いつきそうな勢いでしたよ。
充分に、気いつけてくださいね。」
いつのまに来たのか、背後から装蹄師乃声が聞こえてきました。
姐ごがゆっくりと歩いてきて、呆然とする瓦屋のとなりに腰を下ろしました。
「まぁ、こんな婆でもよければ、食ってもいいけどさ。
でももう、あまり美味しくもないと思うよ、いまさら。
20年近くも指一本も出さずに、食わずに付き合ってきたんだもの、
このままでいいよね、ねぇ、
あんた。」
「う、うん、まぁな・・・そうするとず~とこのままお預けかい。
まあそれもいいか、そうするか。
清く正しく美しくの、はかない恋のお話かぁ」
「そうそう。
なにも、やるばっかりが男と女じゃないんだよ。
愛しながらも定めに負けて・・・・てっね!」
姐ごが立ち上がり、また打席に戻ります。
軽くスイングしながら、流し眼で瓦屋を振り返りました。
「総長は、半年前に亡くなっちゃっいました。
4年と少しになるのかな、看病をしていたのは。
半年間はおとなしくしていたけど、もうそろそろゴルフでも始めようかな、
て思って来たんだけど、ね。
誰かさぁ、あたしと遊んでくれないのかな、
ひとりで暇なんだけど、あたし。」
「おい鉄屋。
何をしてんだ、まったく、姐ごが、ああ言ってんだ。
鉄屋、電話だ、電話しろ電話!
すぐにゴルフ場を予約しろ、大至急だ、大至急。
姐さん、すぐに手配をしますから!」
「・・・
いいわよ、そんなに急がなくても、
あたしはいつでも大丈夫だし、
あんたや、
蹄鉄屋さんに予定を合わせます」
「姐ご、装蹄師です、
仕事は蹄鉄ですが、呼び方は・・」
まだ何か言いたそうな装蹄師の口をふさいで、瓦屋が姐ごに微笑みかけます。
「まぁまぁ、姐さん、
もう一発、良い球を打って見せてくださいよ。
良い女に、いい女の良い球筋・・・
姐ごのナイス・ショットで、
おいらは、足の先から頭のてっぺんまで、
しびれてしまいます、はい。」
「そうかい?、
あんた。
じゃあ見ていて頂戴ね。
20年間も待たせたけど、
今度は、本気のナイス・チョットだよ。」
「姐ご・・・・おいらまで痺れそう~」
「こら鉄屋、だからお前は邪魔なんだって。
いいからだまって見てろって、」
「まあまあ、お二人さん。
揉めないで3人でゴルフに行きましょうね。
久し振りのゴルフだもの、
あたしも今から、とってもとっても楽しみです。
蹄鉄屋さん、
瓦屋さん。
私をゴルフに連れてってぇ~! 」
「へ~い、姐ご!」
「姐ご」 (完)
作品名:「姐ご」 13~16 作家名:落合順平