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私を買ってください 1.02

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「おじさんも私も、いまは凹んでるけど、いつかは立ち上がる日が来る、です。この前のお財布も、時給800円で返済することにしたです」
「いや…あれは」
「シャーラップです。ダメ母のおかげで掃除だけは得意、です!」

 女子、水野さやかはせっせと掃除に来ては部屋を居心地のいい空間に変えていった。あるときは積んだままの俺の本棚を片付けながら、
「ふむふむ、おじさんもブンガクしている少年時代だった、です?偉い偉い!うん、やっぱ太宰、鴎外、漱石、です!学校で[走れメロス]とかやるから誤解されちゃうですけど、他の作品読むと、やられたっ!って思うです。ほんとは繊細で瑞々しい作品も多いから」またあるときは普通にお茶を飲んだり、自炊は苦手と宣言して、少しだけヘルシー風の弁当を食べたり…

やれることはいくらでもあった。筋がいいのに環境で勉強が出来なかったさやかに参考書を買ってきたら、恐ろしい程成績が伸びたし、俺の読む小説まですいすい読みこなし、
生意気な感想を言えるようになった。
こいつはもったいないほど素直で、いい素材だ。
だからこそどこか安住の地を得てのびのびと生きられないのか?
厳しい家庭ではあったので、奮発して買った液晶テレビで世の風俗になじみお互いの世間ズレを修正したり、それは、お互いの足りないことをたくさん補完していく作業・・・再生なのか?

 そんな日々を経てぽつりぽつりと身の上話をして帰る。自分は母の連れ子で義父は粗暴で馴染めず、居心地が悪い。あまつの果てには義父は自分に興味を持ち風呂を覗いてくる始末で、身の危険さえ感じているという。
あっけらかんと笑顔でいるが、抱えきれぬその重さに、潰される日はそう遠くはないだろう。
「そりゃ半端ない事態だ。こー、親戚のウチとかに預かってもらうとか?」
「だめー。二人とも親類には縁切りされてる。チンピラ男に好色女、犬も喰わない…です」
「じゃあ、実の親父さんしかないな」
「仕事の虫の父は、お金目当ての母にさえ見限られて他の男と駆け落ち。製薬会社の社員だったとかなんとか…です」

県名と業種、苗字だけで父親さがし。オークションで買ったその土地のタウンページを上からなぞった。ブランド財布の時給はとうに払い終えたあと、ようやくあたりをつけることが出来た。
「もう時給はいいんだから、勉強でも風呂でも?」
「世間では当たり前の[サービス残業]ですから。あー、おじさん悪徳企業だね?あははは」
 事態は切迫していたが、さすがに自分の部屋に住まわすわけにもいかず、家にも返し、だましだましやってきたが、
[その日]は、程なくやってきた。

「おじさん、たすけて!」
Yシャツの肩口が引き裂かれ、裸足のまま玄関に立っている…
「はやく鍵かけて!なんでもいいから着替えて、行こう!」
「行く?」
「お父さんかも知れない人、さっき電話があった。住所と電話番号だけは聞いておいたから」
会話も終わらないうちに小刻みに、激しく、ドアを叩きつける音!
「さやか!お父さんが悪かった!お母さんが泣いてるぞ。さあ、帰ろう」
どうやら父親らしいが、もちろん、開ける気など毛頭ない。
拳を打ち付ける音は、次第に不規則に、荒っぽくなっていく。
「お母さん、うらめしそうな顔して泣いてたでしょ!またクスリいーっぱい飲んでわけわかんなくなってるじゃん!・・・誰も守ってくれない!!アンタみたいな下衆ジジイと一緒になんかいられるか!」
親子がやりあう間に、二階のこの部屋からありったけの布団を階下に投げ、さやかに耳打ちする。
「布団に向かって飛び降りたら、車まで走れ!」
震えながらうなずくと、陸上選手よろしく美しい放物線を描いて飛び降り、駆け出す。俺も家族のセカンドカーだった軽に飛び乗り、急いで車道に向かう。
「みなさん!誘拐、誘拐です!け、警察、警察呼んでください!」

 怒鳴り散らす義父の声がだんだん遠ざかる…
「あーあ。どうして親って選べないんだろう?あれで人の父、です?」
「凹むな凹むな、幸い、未遂で、父親のあてもついた。幸運に感謝するよ。おじさんは!」
カーナビ代わりにコンビニで地図を買って数時間。なんとか父親の家の前だ。
迷惑承知で電話をかけ、父親を待つ。
「おじさん、あのね、あのジジイに犯されちゃうくらいなら、誰だっていいやって、ケータイに投稿した、です。変なメールばっかだったけど、おじさんのこころぼそいメールに安心したんだ。なんか、おじさん風に言うと、世の中捨てたモンじゃないってホントに思った、です」
 水野さやかは、突然俺にくちづけをして、車外に飛び出した。
「ヒゲは、チューするとき、ちくちく、するね。ひとつベンキョーした。あははは…」
線の細い、紳士風の男が心配そうな様子でその家から出てくる。
「はじめまして、えーと、お嬢さんの知り合いの土橋です。深夜にすみません」
「縁遠です。この度はお手数かけまして。さやかは責任持ってこちらで」
「お父さん、ご無沙汰してます。ってあんまりわからなくてごめんなさい。って、他人行儀もないよね!いま、おじさんに感謝のチューをしてしまった、です!」
おじさん二人は目を白黒させてうろたえる。
「今日から家族なんだから、なんでもぶつけてみなくちゃ。ね?お父さん」
娘は父の腕を組んで新しい我が家へうながす。

「さやか。長い間すまなかった。安心していいからな・・・。」
しっかりとしたつくりの植木と門の陰から盗み見る妻と思しき影・・・。
ほんとうに、さやかを預けていいのだろうか・・・
さやかの幸せは、決してひとつではない!はずなのだ。


「そうだ。おじさん、アリガト…」

小走りに父の手を引いて玄関へと向かう二人。

二人の話しかける声がノイズに変わって聞き取れなくなっていく。
オレは、オレの声だけに内向されていく・・・
幸福・・・コウフク・・・KOUFUKU・・・◇△シ★●ア◎▽ワ★セ・・・トハナンダ・・・
あの美しいロシア紅茶のグラスがカラン、からんと音を立て、多重につらなったマトリョーシカの、無限の残像が俺の視界をはばむ・・・
さやかの・・・シアワセ?オレ・・・


たたみかける幻から意識をとりもどすと・・・
オレは運転席に腰掛け、サイドブレーキを引いているオレを確認する。

コレハ・・・なんだ・・・?


(完)