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私を買ってください 1.02

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今日も今日はで、うんざりするほど蒸し暑い。
五人も作業すればいっぱいの工場の中で、甲高く立ち上る電動ドリルの音。ドリル刃を垂直に押し込み、貫いたら逆回転に切り替えて引き抜く。図面をもとに先にけがいておくから、作業となると機械的に、飽きて意識が飛ばないことを願いつつ、ひとつ、またひとつと押し込んでゆく。
いつからかうんざりするほどの汗が額から流れ、いわゆるドカチンスタイルのはちまき状のタオルは、今にもほどけてしたたり落ちそうだ…。
言葉にしてみるとちょっと『お仕事』しているみたいに聞こえるが、いわゆる俺のしている労働ってヤツは、大きな企業さんたちがコストダウンの名のもとに「つくる」ことは極力外に出して(アウトソーシング)、金勘定の人間以外はリストラする、利潤追求のおかげでおこぼれをいただいているワケで。
ついでに言えば、図面引きの俺が、なんだかんだで離婚して、社訓である
「家庭の平和は社会の平和!家庭なくして平和なし!」
と、一月に一回唱和させられるスローガンにそぐわない人間として、そこはかとなく左遷をくらってるワケである。(もちろん社長の不倫癖も専務に二号さんがいようと)
淡々と作業していくと、集中は途切れ、思考は彼方遠くへと…。
心もとない意識をたぐりよせ、心にあるバネみたいなものをギュっと押さえ込む。これを押さえられなくなったとき、俺はどこかへ飛んでいくのだろうか…?

 昼休み、社員たちはめいめいに食事をとり、御多分に漏れず味気ない仕出し弁当を口にはこんでゆく。一人きりの食事は思いのほか早く済み、ポケットのケータイに手を伸ばす。
「おい、まだピコピコすてんのか、ストレスたまってんの?じゃ飲み行っか?」
所長はなぜか、いつも俺のことを気にかけてくれる。
「ういっす、お願いします」
忙しそうに営業に向かう所長に一礼して、唯一のコミュニケーション、この電話コンピューターと対話する。
ニュースやメール、通販などを一通りチェックし、最近見つけたサイトにつなぐ。



『私を買ってください』

いつ見ても頭が鈍く痛むのは、煩悩なのか、俺が会うことも喋ることもままならない娘の父だからだろうか?
そのサイトはつまるところ、ブルセラやら売春やらが売春だのがネットの闇に身を潜めただけで、下着から一晩のお相手、特にケータイ的なのは自分の裸を不特定多数の人物に売って、おこずかいにしているところだろうか。たかがケータイ、しかし小さなよりパーソナルなコンピューターとして、世界を加速度的に変化させる恐ろしいツールでもある。
ひとつひとつページをめくっていくと、部屋の様子や容姿、衣服など、それぞれの家庭、それぞれの生活、それぞれの文脈がただただ胸を打つ。
よこしまな気持ちは勿論十分にあるのだが、その小骨のようなものに後ろ髪を引かれる自分がいる。

『私を買って下さい…子細応談』

画面のたくさんの情報に流されながら、ピントを合わせると、俺の高校の女子の制服であることに違和感。こんな俺だが、まじめにやれば赤門の学校に数人行けるところだ、ここに出てくるような境遇じゃないだろ?
書き込み自体にも具体的な内容や条件もなく、顔も伏せてあるし、ただもどかしさに発現したものかと憶測した。気がかり、かといって訴えたい事もなく、
「何か、買います。東高OBより」
我に返ると、あるようなないような事を書いて、メールを送信していた。

 本日も単純ながらノルマに追われて、作業を黙々とこなす。昨日は迂闊だったと悔恨に胸が疼いたが、程なく忘却した。いつもどおり昼休みはケータイと会話、夜は所長の好意に甘えて飲んだ…。
所長は最近、どこの馬の骨ともわからない俺に、後添えを紹介してやると張り切っている。
「この会社は良くも悪くも前時代的で、家族を大切にってことが体裁なわけだナ、それが信用と思い込んどる。君みたいな、真面目なだけの男が俺はいいとおもっとるヨ」
「君さえ良けれはナ、ウチの出戻りの与太娘をだナ…わすが長男だから、なんとかしてやらにゃーいかんワケ。ん?聞いとるのかね!…」
所長はひとしきり言いたい事だけ言って、突っ伏してイビキを掻き出した。
幸い俺はいつもの事と一滴も飲んでいない。所長の奥さんに所長を送っていくと伝え、ケータイを見ると、メールの通知を伝えるアイコンが点滅していた…。

 明らかにおっさんの俺が若者的ファッションビルの前で立っていることが、自分ながらいかがわしい…。メールにはただ、
『明日12時、駅前のラブレ入り口で、目印を返信お願いします。東高女子より』
美人局かなんかと軽く邪推してみるが、体裁ばかりで息苦しいこの地方都市には、そういう輩の居場所はなかなかない。返信した目印を持ってただ待つ。
ほどなく、見覚えのある制服姿の[女子]が小走りに駆け寄ってきて、にかっ!と笑うと敬礼のポーズ。
「学生番号2805番、水野さやかでぃす!」
「おれは学生番号300番くらい、土橋稲穂、」

 近くの、家族とはよく行っていたロシア料理店のテラスに座り、定番メニューの、きのこのつぼ焼きを封になっているパイ生地、とソースをバランスよく崩しながらほおばる、水野さやか。こちらの昨今の食生活は昼は仕出し、夜はコンビニの弁当攻めで、旨いものに口と胃がびっくりして思わず、えづく…。
ジャムのたっぷり入ったロシア紅茶の紅茶とジャムの層をからんからん、とかき混ぜて、口へとはこび、深呼吸。ようやく女子はひと心地ついたようだ。
俺は、目のやり場に困り、居心地悪そうに、棚の上でお行儀よくならんでいるマトリョーシカをはじめてまじまじと見る。
入れ子構造になって10体近いロシア風のダルマが中から出されて、大きさ順に微妙な笑顔をもって、こちらを観察している・・・おっさん・女子高生・ともすれば不気味な立体パズル人形・・・。ある意味とてつもなくシュールな風景に見えるだろう。


「恥ずかしながら、単刀直入に言うと、ブランドものの財布、です。ガッコーは外見だけ厳しいから、カバンの中を贅沢にするのが女子のあいだで流行ってる。ほどほどにリッチな娘ばっかりで、ピンチーって感じ、イジメ防止のために、お願い!です」
上目遣いに笑顔で様子をうかがっている。
「ああ、全然オッケー。」
仕出し、コンビニ弁当くらいしか買わない自分には、いかに有意義な使い道だろうか!
とひとりごちて、
「それでなぜ俺でもいいわけ?」
少しためらった後、大真面目な顔でこちらをみつめ、
「オジサン…目が死んでるから、です…」

 あれから一週間、このあいだのことは、いったい何だったのか…
ある日、家族とともに部屋に住んでいた[物]たちも一瞬で姿を消し、小さなラジオだけがぽつんと置かれた部屋で、いつもの休日の午後、いつもどおりビールの缶を積んでぼんやり。
「こんにちはー」
呼鈴も鳴らさず、女子、水野さやかは小走りに居間の中央に陣取り、大きな包みを立てかけた。
「おじさん、こんなに何もないリビングはよくない、です。梵天市場の特価品、リビングテーブル、6800円也を設置して、環境改善、です!」