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八月 石華
八月 石華
novelistID. 28121
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お嬢様の百合色戦線

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「みなさまはどんな秘密をお持ちですの?」
「あぁ、それはちょっと恥かしいですのね。こちらは……、それ以上はいいですわ。今日寝れなくなってしまいますの」
「なんでそんなことを聞くのかですの? 私の親友の話をしたいんですの。彼女のは一言でいえば命にかかわる秘密ですの」
「あ、今笑いましたね。大げさだと思っているのですのね」
「秘密にしている相手はアウグスティヌス家のメイド長のオッカムで…」
「あぁ、分かってくださいましたの?これから私が独り言を言いますので盗み聞きなどはしないでくださいましですの」

アウグスティヌスは今日も悶々と悩み続けていた。
「はぁ、どうやったらプラトンちゃんファンクラブのみなさまとお話できるでしょう」
プラトンちゃんファンクラブとはアンセルムスちゃん、フィチーノちゃん、プロティノスちゃんの総称である。
フィチーノちゃんは「プラトンアカデミー」、プロティノスちゃんは「ネオプラトニズム」のそれぞれ会長である。
アウグスティヌスと三人は特別仲が悪いわけではない。
むしろアウグスティヌス自身プラトンちゃんのファンだったので話したいのである。
では何が問題なのかというと彼女がそのことを秘密にしていることにある。
アウグスティヌスの屋敷にはオッカムというメイド長がいる。
メイド長と言ってもメイドは一人しかいないのだが。
オッカムはクールだが感情的になりやすい、その上無駄なものをみると、衝動的にどうしても剃刀でそぎ落としたくなる癖がある。
そして最大の問題はそんな彼女がアウグスティヌスに傾倒しており、またプラトンちゃんファンクラブの面々を嫌悪している。
「きっとプラトンちゃんファンだったなんて言ったらそんなことを言う舌が無駄と言われて切られかねないですね」
背筋に冷たいものを感じたのでドアの方を確認した。
「きっとお話できたらプロティノスちゃんと仲良くなれますもの」
プロティノスちゃんといえば有名な決め台詞がある。
「プラトンちゃんはわたしのもの!わたしのものはわたしのもの!」
アウグスティヌスはこのつっこみどころの多いセリフが彼女の口から出たものとはつゆほど思っていなかった。
「これくらいおてんばな子はかわいいですわ」
そう言いながら彼女の中で妄想が膨らんでいく。
「アウグスティヌスお姉さま」
「プロティノス、まずはあいさつをなさい」
「ごめんなさい、お姉さま。ごきげんよう」
「ごきげんよう、プロティノス。どうしたのかしら」
「プラトンちゃんはわたしのもの!わたしのものはわたしのもの!でも、わたしはお姉さまのものです」
そう言いながら可愛い妹が抱きついてきた。
そのまま、彼女は大きな音をたてて床に転がった。
「お嬢様、どうなされました?」
ドアの前にいたのではないかと思うくらいの速度でオッカムが部屋の入ってきた。
「ひぇ…平気よ。なんでもないわ、ちょっと転んでしまったの」
平常心を保とうとしてもまだあの映像が脳裏から離れてくれない。
「お嬢様、血が。顔を打たれたんですね。まず上体をおこしてください」
アウグスティヌスの顔をやや下に向けどこから出したのか冷えたタオルで鼻を圧迫してくれた。
相変わらずオッカムの動きには無駄がないなと思う。
周りにはケチと言われるが融通が利かないことを除けば完璧だと改めて思わされた。
しかし、今アウグスティヌスはそのオッカムを出し抜かなければいけない。
「やっぱり強敵ね」
「何か仰いましたか?」
「いや、何でもないわ」
ひとまず告白を書きながら考えることにしよう。

告白というのは彼女が愛用している日記帳である。
おそらく世界で一番分厚いもので、彼女の死後ギネス登録されることは間違いないだろう。
一般的に告白といえば好きな相手に気持ちを伝えることを言うが彼女の場合は懺悔をさす。
彼女は百合色の妄想をするたびにその反省をするのである。
まずはよこしまな心を神に懺悔し、そしてオッカムに対して謝罪と感謝を書く。
最後に二度としないよう妄想のシチュエーションが起きた場合の対応を考察して終える。
よって彼女の最大の秘密が記されているため肌身から離れることはない。
書き終えるとオッカムをどうするか考えることにした。
「やはりファンクラブの三人を目の前を前にしたらオッカムは存在が無駄といって何をするか分からないわ」
容易に想像がついてしまうのが非常に主人としてはつらい。
やはりオッカムとは合わせられない、合わせてはいけないと思う。
「仕方ない、オッカムには申し訳ないですけど」
前から考えていた計画を実行に移すことにした。

「オッカム? オッカムはいる?」
毎度のことだが言い終わるとすぐにドアが開けられる。
「お嬢様、お呼びですか」
「相変わらず早いわね。実は持ってきて欲しいものがあるんだけどいいかしら?」
「なんなりとお申し付けください」
ここまで忠実だと逆にこちらの心が痛くなるが仕方がない。
「地下から人形を持ってきた欲しいの」
「地下というのはワインなどが置いてあるところのことでしょうか?」
「そうよ。お願いできるかしら?」
「分かりました。しばしお待ちください」
オッカムは地下へと向かった。
実は人形などあるはずがない。
しかし彼女のことだから絶対に見つけようとするためかなり時間が稼げるはずだ。
万が一の時のため鍵までしめる厳重さである。
「ごめんなさい、少しお話したら開けるから少し待っていてね」
小声で謝罪をしながらプロティノスを呼びに行こうとした。
バッキン
金属がわれる音が屋敷中に響き渡った。
こんなことができるのはと思い地下への入り口に走った。
「あっ、お嬢様驚かせてしまいましたか?申し訳ありません」
やはりオッカムだった。
「何をし…があったの?」
「鍵が壊れて勝手にかかってしまったようなので鍵を壊して外にでました」
「ドアを壊せば良かったじゃない」
「ドアは問題ありませんので鍵の交換だけでいいと判断しました」
自分が閉じ込められたというのにそんなことに気を使えるあたりが彼女の恐ろしさである。
「お嬢様、お探しの人形はこちらでよろしいですか?」
ぼろぼろの人形を差し出してくれた。
幼少期になくしたお気に入りの人形だった。
「さすがお嬢様。昔なくされた人形の場所をこれだけ時間がたってから思い出されるなんて」
自分のことのように喜んでくれる彼女の笑顔が辛かった。

また告白を書きながら考えた結果、やはりもっと平和的に彼女と鉢合わせしないようにしなければいけないと思った。
よって次の作戦を実行に起こすことにした。
「エデンにはおいしい果実があるそうよ」
お茶をしながらオッカムに話かける。
「果物ですか? どのようなものなのでしょう」
「名前は知らないのだけれど夕陽のように真っ赤でパイなどにして食べるみたいなの」
「招致いたしました。早速手配しましょう」
「本当に!?ありがとう。でもあちらには付き合いのある方いらしたかしら」
「いえ、今後のためにも私が行ってまいります」
「あなたがいなくなったら屋敷はどうするの?」
「そちらの手配も済ませておきます。少々のお暇を頂いてもよろしいでしょうか」
作品名:お嬢様の百合色戦線 作家名:八月 石華