Love Affair ~夢の中の真実~
休みを利用して、俺は山奥にあるとある施設にやって来た。
とある人の誘いを受け、車を長時間走らせてやって来たのだが、なにぶん初めて来る場所であり、このような施設を利用するのも初めてなので、若干不安やら緊張やらがあったりする。
まあ、それはともかく、俺はこの施設に足を踏み入れたのだった。やや古びた外観であったが、中に入ってもその感じは変わらず、少しカビ臭い気さえする。
すると、奥から施設の経営者らしき人が出てきた。
その人に連れられて、奥へ通される。
狭い個室に案内され、相も変わらずさびれた感じの扉を開けると、中に顔見知りの女がいた。
この女は、先日ふとしたきっかけで知り合い、前に一度遊んだという程度の関係の女である。とはいえ、直接的ななくとも、今はネットが普及している社会なので、メールやインターネットで度々交流はしているのだが。
この女、アイドルほどのルックスというわけではないにしろ、割と俺好みの容姿をしており、俺の気分は否が応でも高まる。そして、俺をこの施設に誘ってくれたのは、実をいうとこの女なのだった。
「こんにちは。お久しぶり」
女はそう云った。俺も「やあ」と笑顔で応じる。
互いに互いの本名は知らない。知っているのは、お互いが参加しているインターネットのサイトのハンドルネームのみである。まあ、それでも困りはしない。互いに本名で呼び合う必要性は、まったくないのだから。
俺は部屋に入り、扉を閉める。部屋の中央には布団が敷いてあり、荷物などを置く小さな棚が隅の方にある。それ以外は、何もない、がらんとした部屋だった。
俺は部屋の隅に腰を下ろした。
「こんなところに来るの、初めてだな」
俺がそう云うと、女は俺のすぐ隣に、肩と肩が触れ合うくらいの距離感で座り、
「たまには、こういうところもいいでしょう」
と云った。
シャワー室は部屋から出たところにあるらしい。「シャワーを浴びに行きましょう」と女から云われ、俺は女と部屋を出た。廊下には、個室の入り口が並んでおり、別の客からと思われるみだらな声や物音が聞こえてくる。こんなへんぴな場所にもかかわらず、客は意外に入っているらしい。
俺はシャワールームへと赴いた。男女で専用のシャワールームは当然違うので、俺は女と別れて、更衣室で裸になってシャワーへと向かった。そこはプールやジムのシャワールームのように、粗末なかこいで囲われ、壁にシャワーとノブがついているだけの簡易なものだった。だが俺はそんなことは構いはしない。シャワーを浴びれば、至福の時が待っているのだ。
シャワーを浴び、更衣室で服を着ていると、隣にいた男が話しかけてきた。
「あなた、ここにはよく来られるんですか」
「いえ、初めてです」
俺は答えた。すると、
「そうですか。私は2度目ですよ」
と、その男は返してきた。
その男は、見た感じ俺よりもひとまわり年上で、やや細身な体つきをしており、鼻の下に髭をたくわえている。
「部屋はどこですか」
俺は男の質問に答える。それから互いに挨拶を交わして、更衣室を出た。
部屋に帰ると、女はまだ戻っていなかった。
俺は布団の上にごろんと横になって、女の帰りを待っていた。いくら女とはいえ、シャワー程度で少し遅い気もする。他の女性客とお喋りとしゃれこんでいるのだろうか。
やがて、扉をノックする音が聞こえたので、女が帰ってきたと思い、扉を開けると、そこにいたのは女ではなく、更衣室で一緒になった例の男だった。
「お連れの方は、まだ帰ってきませんか」
「ええ。時間がかかっているようですね」
「そうですか。まあ、よくあることですよ」
「よくあること……?」
俺が聞き返すと、男はこう答えた。
「ええ。この店ではね、シャワーなんかの時にたまたま知り合ったお方と、そのまま部屋で仲良くしたりするのが風習になっているんです。ひょっとしたら、あなたのお連れの方も、誰か別の手ごろな方を見つけて、楽しんでいらっしゃるのかも知れません」
まさか、あいつが別の男と……。そう考えると、俺は少し寂しい気持ちになった。
「まあ、しばらく待っていれば、それも済んで帰って来るでしょう。それまでの間、ねえ、私と、どうですか」
「は?」
「だから、私と楽しんでみませんか、ということです」
確かに、あの女が別の奴と情事にふけっているというのを想像すると、俺も別の奴と腹いせに交わってやってもいいのではないか、という気もする。しかし、相手は男だ。俺はホモではない。それに、今日俺はあの女とやる腹づもりでいた。身体もそのような体制に整っている。別の人間では、満足できそうにない。
「せっかくですが」
そう云って、俺は男の申し出を断った。
「そうですか」
と、男は少し残念そうであったが、潔く部屋を出ていった。
それからすぐ、女が部屋に戻ってきた。
「ごめんなさい。シャワー、混んでて」
女は俺に対してそう弁解した。真偽のほどは定かではないが、俺としては女が俺のところに戻ってきてくれたというだけで、十分満足だった。
そこからはふたりだけの時間となった。
女は上の口で俺の口をふさぎ、下の口で俺の剣を包む。
女というラブドールにもて遊ばれるような感覚を覚えながらも、俺は快楽の渦中にいた。この女は、イニチアチブを握るのが好きなようだ。向こうも、俺のことを性行為ができるお人形さん、ぐらいに思っているのだろうか。互いが互いについて似たような認識でいるのかも知れない、という自分の勝手な想像が、俺の快感に拍車をかけた。
また、俺がシャワールームに向かう途中に聞いたように、別の客が俺たちが快楽に溺れるサマを、壁の向こうから知るのだろうか。そのような想像によっても、俺の気分は高揚した。
そして、絶頂はふいに訪れる。イキそうだ、イキそうだ、という感覚を何度も味わいながら、突然降ってくるそれは、空に燦然と輝く太陽をこの手に掴むような、そんな幻想にも似ている。あとは、遥かかなたで己を誇示する太陽を目の当たりにして、萎えてゆくだけだ。案外、オーガズムというものは、己の限界を表しているのかも知れない。
女は、デザートをひととおり食べ終わった後で、グラスに付着したクリームを名残惜しむように、俺の身体を手や舌で撫でまわしていた。先ほど、向こうも俺のことを人形と思っているのか、というようなことを云ったが、イッてしまった後の男というのは、女にとって本当にただの人形になり下がってしまうのかも知れない。
きっとここに、男と女の差があるのだ。女はいつも、男の限界を超えてくる。俺がこの女を愛さない理由はここにある。愛しても甲斐がないことを、ハナッから分かっているのだ。男の本質は諦めることであり、妥協することによって未来が見えてくる。女の本質とは、男に従順なフリをしながら、実は男を手玉にとることである。そのようにして、世の中は成り立っている。イエス・キリストは、己の命を諦めることによって、神の教えを世界中に広めた。そして、そのイエスを生んだのは、女であるマリアであった。そういうものなのだ。
とある人の誘いを受け、車を長時間走らせてやって来たのだが、なにぶん初めて来る場所であり、このような施設を利用するのも初めてなので、若干不安やら緊張やらがあったりする。
まあ、それはともかく、俺はこの施設に足を踏み入れたのだった。やや古びた外観であったが、中に入ってもその感じは変わらず、少しカビ臭い気さえする。
すると、奥から施設の経営者らしき人が出てきた。
その人に連れられて、奥へ通される。
狭い個室に案内され、相も変わらずさびれた感じの扉を開けると、中に顔見知りの女がいた。
この女は、先日ふとしたきっかけで知り合い、前に一度遊んだという程度の関係の女である。とはいえ、直接的ななくとも、今はネットが普及している社会なので、メールやインターネットで度々交流はしているのだが。
この女、アイドルほどのルックスというわけではないにしろ、割と俺好みの容姿をしており、俺の気分は否が応でも高まる。そして、俺をこの施設に誘ってくれたのは、実をいうとこの女なのだった。
「こんにちは。お久しぶり」
女はそう云った。俺も「やあ」と笑顔で応じる。
互いに互いの本名は知らない。知っているのは、お互いが参加しているインターネットのサイトのハンドルネームのみである。まあ、それでも困りはしない。互いに本名で呼び合う必要性は、まったくないのだから。
俺は部屋に入り、扉を閉める。部屋の中央には布団が敷いてあり、荷物などを置く小さな棚が隅の方にある。それ以外は、何もない、がらんとした部屋だった。
俺は部屋の隅に腰を下ろした。
「こんなところに来るの、初めてだな」
俺がそう云うと、女は俺のすぐ隣に、肩と肩が触れ合うくらいの距離感で座り、
「たまには、こういうところもいいでしょう」
と云った。
シャワー室は部屋から出たところにあるらしい。「シャワーを浴びに行きましょう」と女から云われ、俺は女と部屋を出た。廊下には、個室の入り口が並んでおり、別の客からと思われるみだらな声や物音が聞こえてくる。こんなへんぴな場所にもかかわらず、客は意外に入っているらしい。
俺はシャワールームへと赴いた。男女で専用のシャワールームは当然違うので、俺は女と別れて、更衣室で裸になってシャワーへと向かった。そこはプールやジムのシャワールームのように、粗末なかこいで囲われ、壁にシャワーとノブがついているだけの簡易なものだった。だが俺はそんなことは構いはしない。シャワーを浴びれば、至福の時が待っているのだ。
シャワーを浴び、更衣室で服を着ていると、隣にいた男が話しかけてきた。
「あなた、ここにはよく来られるんですか」
「いえ、初めてです」
俺は答えた。すると、
「そうですか。私は2度目ですよ」
と、その男は返してきた。
その男は、見た感じ俺よりもひとまわり年上で、やや細身な体つきをしており、鼻の下に髭をたくわえている。
「部屋はどこですか」
俺は男の質問に答える。それから互いに挨拶を交わして、更衣室を出た。
部屋に帰ると、女はまだ戻っていなかった。
俺は布団の上にごろんと横になって、女の帰りを待っていた。いくら女とはいえ、シャワー程度で少し遅い気もする。他の女性客とお喋りとしゃれこんでいるのだろうか。
やがて、扉をノックする音が聞こえたので、女が帰ってきたと思い、扉を開けると、そこにいたのは女ではなく、更衣室で一緒になった例の男だった。
「お連れの方は、まだ帰ってきませんか」
「ええ。時間がかかっているようですね」
「そうですか。まあ、よくあることですよ」
「よくあること……?」
俺が聞き返すと、男はこう答えた。
「ええ。この店ではね、シャワーなんかの時にたまたま知り合ったお方と、そのまま部屋で仲良くしたりするのが風習になっているんです。ひょっとしたら、あなたのお連れの方も、誰か別の手ごろな方を見つけて、楽しんでいらっしゃるのかも知れません」
まさか、あいつが別の男と……。そう考えると、俺は少し寂しい気持ちになった。
「まあ、しばらく待っていれば、それも済んで帰って来るでしょう。それまでの間、ねえ、私と、どうですか」
「は?」
「だから、私と楽しんでみませんか、ということです」
確かに、あの女が別の奴と情事にふけっているというのを想像すると、俺も別の奴と腹いせに交わってやってもいいのではないか、という気もする。しかし、相手は男だ。俺はホモではない。それに、今日俺はあの女とやる腹づもりでいた。身体もそのような体制に整っている。別の人間では、満足できそうにない。
「せっかくですが」
そう云って、俺は男の申し出を断った。
「そうですか」
と、男は少し残念そうであったが、潔く部屋を出ていった。
それからすぐ、女が部屋に戻ってきた。
「ごめんなさい。シャワー、混んでて」
女は俺に対してそう弁解した。真偽のほどは定かではないが、俺としては女が俺のところに戻ってきてくれたというだけで、十分満足だった。
そこからはふたりだけの時間となった。
女は上の口で俺の口をふさぎ、下の口で俺の剣を包む。
女というラブドールにもて遊ばれるような感覚を覚えながらも、俺は快楽の渦中にいた。この女は、イニチアチブを握るのが好きなようだ。向こうも、俺のことを性行為ができるお人形さん、ぐらいに思っているのだろうか。互いが互いについて似たような認識でいるのかも知れない、という自分の勝手な想像が、俺の快感に拍車をかけた。
また、俺がシャワールームに向かう途中に聞いたように、別の客が俺たちが快楽に溺れるサマを、壁の向こうから知るのだろうか。そのような想像によっても、俺の気分は高揚した。
そして、絶頂はふいに訪れる。イキそうだ、イキそうだ、という感覚を何度も味わいながら、突然降ってくるそれは、空に燦然と輝く太陽をこの手に掴むような、そんな幻想にも似ている。あとは、遥かかなたで己を誇示する太陽を目の当たりにして、萎えてゆくだけだ。案外、オーガズムというものは、己の限界を表しているのかも知れない。
女は、デザートをひととおり食べ終わった後で、グラスに付着したクリームを名残惜しむように、俺の身体を手や舌で撫でまわしていた。先ほど、向こうも俺のことを人形と思っているのか、というようなことを云ったが、イッてしまった後の男というのは、女にとって本当にただの人形になり下がってしまうのかも知れない。
きっとここに、男と女の差があるのだ。女はいつも、男の限界を超えてくる。俺がこの女を愛さない理由はここにある。愛しても甲斐がないことを、ハナッから分かっているのだ。男の本質は諦めることであり、妥協することによって未来が見えてくる。女の本質とは、男に従順なフリをしながら、実は男を手玉にとることである。そのようにして、世の中は成り立っている。イエス・キリストは、己の命を諦めることによって、神の教えを世界中に広めた。そして、そのイエスを生んだのは、女であるマリアであった。そういうものなのだ。
作品名:Love Affair ~夢の中の真実~ 作家名:竹中 友一