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洋琴奇憚

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ももこさんは、一周年の後、意気軒高で、すぐにクリスマス会の手配をしていた。連弾をやりたいと言っていたので、彼女がピアノの先生に習った曲を弾くことにした。なんと、サークルを始めてから、習わないとどうにも独力ではうまくならないと思い、最初の会の後、これはと思った先生に押しかけ入門したそうだ。
クリスマス会は6週間足らずの間をおいて開催され、年明けにお教室の演奏会で弾く予定にしているフォーレの舟歌とシューマンの飛翔を用意した。クリスマス曲はリストのクリスマスツリーから一曲用意して行った。十一月の会は、レオノーラにとってはかなりの発奮材料だったのだ。久しぶりにきちんと曲を仕上げようという気になったし、昔から弾きたいと思っていた曲たちが一気に意識の中に顔を出してきた。
そして、この日は、初参加でブリッジさんのお友達でヴァルトさんという方が来ていた。ベートーヴェンのソナタをずっしりと弾いていて、男性のピアノはいいなあと聞き入ってしまった。もう一人初めて来た男性がいたのだけど、ハンドルネームがあかねさんで、てっきり女性だと思っていたら、男性だった。
ももこさんは連弾が楽しかったようで、次もなにかやりたいと言っていた。自分のサークルでしかやれないようなことをしたい、としきりに言っているので、練習会にテーマをつくったらどうかと提案したら、次がバレンタインのころだということもあって、乗り気になっていた。そして、二周年にはどこかホールを借りて華やかにやりたいんです、と、ことあるごとに口にするようになった。
バレンタイン企画、テーマLOVEの練習会は二月に開催された。連弾はクリスマス会の時と同じ曲にしたのだけど、それは前回が弾けていなかったから。ももこさんは、難しいとしきりに難色を示していたけど。シューマンとフォーレをまた弾いて、今回は十分完成した演奏ができてうれしかった。特にフォーレはお教室の演奏会で弾いた時も、めったに褒めない先生に褒められた。新しい個性がありますねと。上手だったとか、きれいだった、はうれしくないが、個性的、うれしい。
ブリッジさんはご友人のおおたきさんをつれてきていて、この方はジャズを弾く方だった。数ヶ月前に病気で弾けなくなったそうだけど、見事な復活。ピアノってすごい力があるのだ。いつもはフォーレを弾くとのことだった。ぜひ次回はフォーレを、とお願いしておいた。ヴァルトさんは月光を素晴らしく弾いてくれた。
この日は事件があった。
あかねさんは、テーマLOVEということで、ショパンの舟歌を用意してきた。やや意味不明の男女の愛について語った長文の解説付きで。そして、残念ながら、演奏がいくら練習会といってもつらいような内容だったために、何人かが部屋を出て行き、私語が始まってしまった。そうしたら、演奏しているあかねさんが、ももこさんに向かって、『静かにしてもらえませんか、集中できないです』とのたまわったのだ。そのあとは凍りついたような雰囲気で、直後に弾いたエレナさんが『わたしは話しててもかまいませんから』と一矢報いたものの、くららちゃんは固まってしまった。さすがに雰囲気に気づいたか、あかねさんは途中で退席し、その後は会に参加することはなかった。
あかね事件のあと、ももこさんは動揺していて、あのひとが来ないようにできないかしら、と相談してきたので、練習会についての規定をきちんとブログに書いたら、と助言してみた。このところ、まりえさんとは音信不通のようだし、あきこさんとも音信不通なのだろう。よく相談をしてくる。時々美術館に一緒に行ったりもするのだけど、絵画が好きなのかどうかよくわからない。モネの絵には反応して、特に睡蓮は好きなようだ。けれど、シスレーもピサロも知らない。モネの絵でも稲わらやルーアンには興味を見せない。ふわふわっときれいなものが好きなのだろう。
『綿菓子みたいなのがももこなんです』
美術館に行ったあとなどはよくメールがきた。

差出人 momocrab@dokomo.ne.jp
受取人 Leonora@fmail.com
subject:有難うございました
美術館、またご一緒できて楽しかったです
こんなに素敵な芸術仲間ができてとても嬉しいです
ジヴェルニーはモネだけじゃなく、沢山の芸術家がいたのですね。また春頃の印象派とか調べてみますネ ぜひまたお願いします
ところで美術もそうですが、音楽、ピアノも仲間と交流することで、選曲や演奏とか刺激になりますね レオノーラさんのアヴェマリアのリスト編曲のお話とか、とても興味深く楽しかったです
では連弾、頑張りましょう スタジオで楽しみにお待ちしています

いつもやたらと絵文字が多いメールだった。
レオノーラからは返事することもないので、一行でまた行きましょう、とかいう当たり障りのない返信で終わることが多かった。
ももこさんは絵が好きというがモネの睡蓮以外はあまり知らないので、いつも解説をする羽目になるし、印象派以外は見に行くこともないようだった。音楽面でもそういう感じが強い。有名どころ以外の作曲家は知らないようだし、弾く曲は先生が選んでくれることが多いようだ。勉強しないのかなあとも思うけれども、初級者はイメージ先行で選曲すると、苦労だけしてピアノが嫌いになったりするから、よくないことではないと思う。
さて、なんとなく不穏な雰囲気で終わったバレンタインの会のあとは、三月に予定がたっていた。すべての予定は三月十一日の東日本大震災で崩壊した。震災当日は津波の映像を前に身動きができず、支援体制をとるために帰宅も夜半までできなかった。ピアノどころではない数日が始まり、正直サークルのことなど忘れ去っていたある日、ももこさんからメールがきた。月末の演奏会をどうしようかというのだ。帰宅難民の記憶も生々しい節電の東京で、いったい誰が夜のスタジオで会をやるというのだろうか。
自宅待機組の若者たちが現状を把握していなくて開催したがったようだけれども、結局女性陣の反対で開催は延期され、五月の連休になった。
一ヶ月後、まだ節電体制の下町で、ブリッジさんのお友達のアマデウスさんが主宰する演奏会があった。都内にある大きな音楽教室のメンバーが多く、アマデウスさんもブリッジさんもその仲間だという。たくさんの人がいて、いろんな演奏を聴いた。アマデウスさんはスムーズな進行をしていて、居心地の良い会だった。5月に本番を控えているリストのエステ荘の噴水を初めて人前で弾いてきた。二次会には出ずに、ももこさんと一緒に帰ってきた。道々、ももこさんはしきりに言っていた。
『アマデウスさんは司会がとっても上手でよかったですよね。わたしなんて、上手に話せないし。いつもどんくさくて、みんなあいつなにやってんだ、って思ってますよね。』
『みんなすごく上手だし、わたしなんて、どうして呼んでもらってるのかわからないですよ。』
『レオノーラさんはエステ荘すごく素敵でした。やっぱり呼ばれる理由がありますよ。お話も上手だし、わたし、司会なんてできないですよ。』
このとき、彼女があれこれ録音しているのを見つけた。あきこさんが犯罪まがいと言っていた録音はこれのことか。
作品名:洋琴奇憚 作家名:夕顔