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マーカー戦隊 サンカラーズ

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【第一話 カラフルな日常】


 遅刻少年の定番よろしく、紅太は焼きたての食パンをくわえて通学路を直走っていた。
 ただイメージと違うのは、紅太が走るのにあわせてパンが上下するせいで、さっきから大きく飛び跳ねるとそのたびにパンが顔面を直撃すること。そして食べながら登校しているはずなのに、荷物を持った右手と、走るために勢いよく振っている左手のせいで、パンを噛み千切ることができないことだろう。
「くっそぉ……ぅあ! っとととととっ!!」
悪態をついたせいでパンが落ち、思わず目でそれを追ったせいで、思い切り靴紐を踏んづけた。ギリギリ転びはしなかったものの、よろめいたせいで思わず足が止まる。
「……セーフ。あー、ビビったぁ……」
振り返った視線の先ではパンが寂しげに転がっていたけれど、まさか拾って食べるわけにもいかない。きっと近所に住む小鳥さんたちが、紅太の代わりに朝食として残さず食べてくれることだろう。勝手にそう結論付けて、ひとまず無事だったことに溜息をつく。
 しかしそうやって安堵している間にも背後からは予鈴が響いてきて、思わず紅太の喉から潰れた声がでた。ここでのんびりしている暇はない。
 紅太は慌ててあたりを見回すと、道を逸れて荒れに庭の中へと足を踏み入れた。ここはたしかずいぶん前から売り地になっている場所で、廃屋になった大きな屋敷があるだけのはずだ。買い手がついたという話は聞かないし、それどころか人が近寄ったという噂もきかないから、たぶん大丈夫だろう。学校へ行くにはここを突っ切るのが一番早い。
 そう決めるが早いか、紅太はそのまま駆け出すと真っ直ぐに庭の中を突っ切った。屋敷の横を通り過ぎ、伸び放題の生垣を掻き分ける。
 がさがさと騒がしい音を立てながら、紅太は大股で敷地と公道の境目を跨ぐ。
「――誰だ!!」
「へっ!?」
 そこへいきなり背後から声を掛けられて、驚いた紅太は声がした方へ勢いよく振り返った。
 視線の先には若い男が立っていて、紅太は口を半開きにしたまま固まる。おかしい。だってここには、誰もいないはずなのに。
「……誰かと聞いているんだ」
 しかし男は固まった紅太に眉根を寄せると、低い声で重ねてそう言った。もとから友好的な表情ではなかったが、苦い顔をいっそう苦々しいものにして、ゆっくりと紅太の元へ近づいてくる。
 そんな相手の動きで紅太は我に返ると、同時に今の自分の状況も思い出した。
「ごっ、ごめんなさい! すいません!! あの、俺、遅刻しそうで、それでつい、ここ空き地だったし!」
「遅刻……?」
「そう、ちこ……あーっ! 遅刻ーっ!!」
 そんな紅太の絶叫もむなしく、本鈴が高らかに時間切れを告げた。
「おい、君――」
「ごめんなさいごめんなさい許して下さいもうしませんからぁ!! 早くしないとまた良介に叱られるーっ!!」
「ちょっと、おい!!」
 男が止めるのも気付かず、一人で大騒ぎをしながら紅太は駆け出した。
目指すは教室。せめてチャイムが鳴り終わるまでに学校の敷地には入っておきたい。幸い本鈴はたった今鳴り始めたばかりで、生垣を越えて一気にひらけた視界には、体育教師が門の前に立っているのが見えた。
メロディを奏で終えたチャイムが余韻を響かせる。
「……っ、だーっ! セーフっ!!」
「アウトだボケ」
「ええええええ!?」
「えーじゃねぇ。ほら、生徒手帳出せ」
 しかし駆け込んだ途端に頭をメガホンで叩かれて、紅太は渋々と生徒手帳を出した。跡のついたページを開かれ、慣れた手つきで遅刻を書き込まれる。
「おっまえ……まだ春だぞ? 入学早々、留年確定させるのか?」
 呆れを通り越して心配している教師の言葉を聞き、紅太は生徒手帳にでかでかと記された赤い?遅刻?の二文字にがっくりと肩を落とす。
しかしすぐに気を取り直すと、また教室に向かって慌しく走り出した。

 廊下で担任教師と擦れ違い、勢いよく教室に駆け込む。
「おはよーっ!」
「お。やっと来たぜ、遅刻マン」
「おはよう、亘くん。ほっぺどうしたの? 赤くなってるけど」
「ほっぺ?」
 教室に入った勢いのまま荷物を机に投げ出すと、クラスメイトに笑いながら声を掛けられる。言われて慌てて頬を払うと、つきっぱなしだったパンくずがぱらぱらと落ちた。生垣に突っ込んだせいで砂埃にまみれになっていたことに今更気付き、慌てて制服をはたく。
「おい紅太。お前、また……っ!!」
 そうしているとまた声をかけられ、それが前の席の友人だと気付いて、思いきり身を乗り出す。
「おはよ良介! 宿題見せて!」
「紅太、お前なぁ!! 遅刻すんのこれで何回目だと思ってんだ!? しかも宿題忘れたとか!!」
 額に青筋を浮かべて一通り怒鳴った良介は、一応それで口を閉じたものの眉間に深く皺を寄せ、自分の机の中を探る。
「寝ちゃったんだよ、半分はやったんだけどさ。数学はなんとか済んだんだ」
「ったく……オラ。地理と、歴史」
「サンキュー! さっすが!」
 礼を言いながら、紅太は受け取ったノートを広げた。
「亘くん、また宿題忘れたの? ダメだよー、ちゃんと自分でやってこないと」
「いやぁ。それは俺も、一応わかってんだけどねー」
「無理無理。良介パパがいる限り、紅太が宿題全部やってくる日なんか絶対来ねぇって」
「俺はいつ同い年の子持ちになったんだよ!」
 げらげら笑う同級生に言い返しながら、良介が背もたれを抱きかかえるように椅子を座りなおした。
開いたノートに並ぶ几帳面な字は、どこか鋭利で粗野な印象を受ける良介にしては少しアンバランスだ。けれど、彼のずいぶん面倒見のいい性格を知っている紅太は、あまり不思議には思わない。
 早速作業を始めた紅太の手元を覗き込みながら、ああでもないこうでもないと良介が注釈を加える。それに素直に感心して、紅太もひとつひとつに相槌を打つ。
「お前な。いい加減、得意な教科ばっかやってるのどうにかしろよ」
 せっせと書き込み続ける紅太の面倒を見ながら、良介は肘をついて思い切り溜息をついた。
「だいたい数学の宿題なんて、そんなに難しくもなかっただろ?」
「んー? ……うん」
「じゃあなんで遅刻してんだ。どーせ寝坊だろーが、お前の遅刻なんて」
 遅刻の話になったことで急に今朝のことを思い出して、紅太は顔を上げて良介を見る。
「そりゃ寝坊だけどさ……って。そうそう、良介さ、ウチの前の家が売れたの知ってた?」
 聞かれた良介はわずかに眉根を寄せた。けれど話相手をするつもりはあるようで、怪訝な表情のまま紅太を見返す。
「はぁ? お前ん家の前?」
「違う、学校の前。半分森みたいになってる、デカい家のとこのさ」
「あそこ? あそこは空き家だろ」
 それがさ、と紅太は持っていたシャープペンシルを軽く振って見せた。
「さっきショートカットするのに中に入ったらさ、中の人に見つかって、怒られて」
「ショート……はァ!?」
 流すように言った紅太に、目を見開いた良介が驚いたような大声を出した。
 しかしその一声で教室中の視線が集中してしまい、良介は慌てて自分の口を押さえると、じりじりと紅太に顔を近づける。
「ばっ……お前、他人の敷地に勝手に入るなってあれほど……アホか!!」
「あはは」
「あははじゃねえよ!!」