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The El Andile Vision 第3章 Ep. 6

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 ザーレンはそれをいち早く察知し、予防線を張ろうとしているのかもしれない。
 しかし、それにしても――
(あなたに剣を向けるか。それとも、ただ俺が死ねばいいだけなのか……ザーレン――)
 運命が何を望んでいるにしろ、それはただイサスにとっては、せっかく手に入れた安住の地を無残に奪われてしまうことでしかなかった。
 ――なぜ、こんなことになってしまったのか。
 全てはあの石の力が解き放たれた瞬間から、始まった。
 ユアン・コークは、自分の中にあるこの力に対して、異常なまでの執着を示した。彼は、この力を欲している。
 しかしザーレン・ルードは、この力の中に、恐らくとてつもない脅威を見出したのに違いない。
 だからこそ、彼はイサス・ライヴァーという個人を犠牲にしても、この力を滅することを選んだのだ。
 ――今や、ザーレン・ルードはおまえの敵となった。
 何ものかの声が耳元で囁く。
 ――その刃で敵を打ち払い、おまえの最初の歩を進めるがいい。
(――違う……!)
 イサスの心が、否定の叫びを上げた。
(――ザーレンは、敵ではない……!)
 ――敵であるはずがない。
 たとえ運命の力がそう仕向けようとしているとしても、敢えてそれに逆らいたいという強い反抗心が、昂然と湧き起こった。
 ――このまま、ザーレンに殺されるなら、それでもよい。
 不意にイサスの手から力が抜け、短刀が床へ落ちていった。
 それを見ても、ザーレンの表情は変わらなかった。
「……私の手で、この賊を成敗する」
 彼は無機質な声でそう言うと、剣を振りかざした。
「ザーレン、何をする……!」
 ユアンは、ザーレンの腕を取ろうとしたが、相手は強い力でにべもなくそれを振り払った。
 彼の剣が確実に少年の心臓を狙って動こうとしている。
 しかも、少年は全く無防備にその前に身を曝しているのだ。
(――なぜ、逃げない……?)
 ユアンは苛立たしげに、少年を見つめた。
 先程までの動きからは信じられぬくらいにその体からは生気が抜け落ち、まるで全身が石か銅像のように固まってしまっている。
 しかし、面を上げた少年の目に浮かぶ表情を見た瞬間、ユアンは思わず口をついて出ようとする言葉を呑み込んだ。
 彼はそのとき、ようやく理解したのだ。
 ……ザーレンとイサスの間で、無言の内に交わされた一瞬のやりとりの結末を。
 少年のその小昏い瞳が、それらすべてを雄弁に物語っていた。
(こいつ……そうか、こいつも最初からそれが望みだったということか――)
 ユアンは遅まきながら、そのことに気付き、我ながら衝撃に打たれずにおれなかった。
(最初から、殺されるつもりで――)
 何ということか、とユアンは今度こそ少年のそのあまりにも廃頽的な思考と、死への躊躇いのなさに愕然となった。
 ――この少年の頭には、『生』への執着というものがまるでない。
 常に、彼の脳裏を支配しているものは『死』という概念だけであるかのようだ。
 彼がそのようなことをぼんやり考えている間にも、ザーレン・ルードの冷たい鋼の先端は、少年の胸のすぐ手前まで迫っていた。
 イサスは目を閉じた。
 その瞬間、足元がふらつき、体の平衡が大きく崩れた。
 彼は剣先が迫るまでに床に膝をついた。
 ザーレンの刃先が目標を捉えそこない、一瞬宙をさまよった。
 そして、その間隙をつくかのように――
「……なりません、ザーレン様!」
 横から飛び出してきたリース・クレインがすかさず制止の声をかけながら、ザーレンの刃先を自らの剣で受け止めた。
「リース――!」
 ザーレンは、明らかな非難の眼差しをリースに向けた。
 しかし、リースはひるまなかった。
「いいえ、なりません!――お父上のご霊前を、血で汚すおつもりですか……!」
 リースの常ならぬ激しい口調に、ザーレンはやや意表をつかれたように目を見開いた。
「……邪魔するな、リース・クレイン……!」
 そのとき、リースの背後から、イサスが微かな声で、そっと呟くのが彼の耳に入った。
(俺は、もう既に、ザーレンの手にかかって死ぬ覚悟ができているのだから――)
 そんなイサスの胸の内の言葉が、リースに届いたのかどうか。
 リースは振り返ると、きっと強い眼差しで少年を睨みつけた。
 イサスは思わずその迫力に、たじろいだ。
 彼がかつて見たことがなかったような、激しい憤りに包まれたリース・クレインの姿が、そこにあった。
「――賊が抵抗しているならともかく、今なら十分取り押さえられる。詮議にもかけずに州侯の葬儀の式典の場で、手にかけるなど……殊に然るべきご身分にある方がなされるようなことではありません」
 リースの断固とした言葉に、ザーレンは軽く息を吐き出すと、その剣に込めた力をやや緩めた。
「……リース・クレインの申す通りだ。剣をお引きなされ、ザーレン様」
 さらに後ろから出てきたタリフ・プラウトが、諌めるように付け加えた。
 ザーレンは、止む無く剣を引いた。
「さあ、賊を連れて行け!」
 機を逃さず、リースがそう叫ぶと、すかさず横から二人の騎兵が現れ、イサスの体を両脇から抱え上げた。
 イサスは抗う様子も見せず、終始俯きその目は固く閉じられたままだった。
 それはまるで、今あるその現実を受け入れることを頑なに拒絶しているかのようでもあった。

...to be continued to the next chapter...