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The El Andile Vision 第3章 Ep. 6

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第3章「叛逆」---Episode.6 訣別の瞬間(とき)



「では、遠慮なく申し上げる」
 ユアン・コークはザーレンの目を真っ直ぐ見据えながら、心もち声を高めて、その沈黙を破った。
「先般、ジェラトへ上る街道に出没していた盗賊の一味を我が第三騎兵隊が征伐し、その首魁の少年を捕らえた……」
「盗賊――あの、『黒い狼』のことか。しかし、首魁が少年とは、一体……?」
 タリフ・プラウトが、ザーレンの背後で驚いたように呟いた。
 しかし当のザーレンは身じろぎもせず、黙ってそれを聞いていた。
 その氷のような冷やかな表情には僅かの変化も見られない。
「……そうです、タリフ・プラウト。たった十六才の少年が、あの盗賊団『黒い狼』を統率していたというのです。何とも意外なことだと思われたでしょう。――しかし、驚くのはまだ早い。……我が部下モルディ・ルハトによると、その少年は、どうも初めて見る顔ではないという。それも、彼を見かけたところは、このアルゴン騎兵隊の兵営の中だというのです。すなわち第二騎兵隊の兵営の中である、と……」
 最後の言葉がユアンの口から飛び出した瞬間に、ランス・ファロンやタリフをはじめ、皆が大きく息を呑む音が聞こえた。
「第二騎兵隊といえば、ザーレン・ルード様の……」
 タリフが信じられぬように、大きく目を瞠った。
 ランスが厳しい視線をザーレンに向ける。
「――ザーレン!……どういうことか。ユアンの申していることはまことなのか!」
 ザーレンは相変わらず無言で立ち尽くしていた。
 ランス・ファロンやタリフ・プラウトの問いかけるような眼差しにも全く応えず、その瞳はすぐ目の前のユアン・コークただ一人に注がれている。
「――誤解なされますな。何も私は、ザーレン様を疑っているわけではない。実際、当の少年も口を閉ざしたままだ。――どうやら、私が思うに、彼も犠牲者なのだ。彼の背後には何者か、もっと大きな黒幕がついているに違いない。そやつが何もわからぬ子供をうまくだまし、操ってあのような所業を為さしめたのだ。自らは手を汚さずに、ね。何とも巧妙な、卑劣極まりないやり口ではありませぬか。……私としては然るべき詮議の後には、何とかまだ若きこの少年を引き取って、立ち直らせてやりたいと思う。素晴らしい能力を秘めた子ですからね。ただ、その能力の使い道を誤ったというだけで……」
 ユアンのザーレンを見る瞳に明らかな皮肉の色が見えた。
「ただ、私としては、事が事だけにザーレン様の名誉のためにも、この場ではっきりとご自身の口から釈明をされてはいかがかと……」
「――その必要は、ない!」
 突然後方から割って入ったその声の激しさに、当のユアンやザーレンはともかく、その周辺にいた他の者たちも皆、驚いて一斉に声のする方向へ視線を向けた。
 ユアンの座っていた列の遥か後方――一般参列者の仕切りにむしろ近い席の間から、その声の主がすっと中央通路へ進み出た。
 彼が顔を上げると、その面が明らかになった。
 まだ年若い少年。
 整った顔立ちをして、黒い礼装の軍服に身を包んでいるところは、一見どこかの貴族の令息かと見間違いそうだが、その瞳に爛々と燃えさかる黒い焔はいかにも野性の獣のような猛々しい気性を露わにしている。
 その姿を見た瞬間、ほんの僅かにザーレンの表情に変化が表れたのを、ユアン・コークは見逃さなかった。
 しかし、彼がそれ以上何か言うより先に、イサスの言葉が激流のように迸った。
「俺が、『黒い狼』の首領だ!」
 彼はそう言うと、振り返って後ろの大衆にもよく見えるようにその姿を曝した。
 その燃えるような眼差しに睨まれた最前列にいた者たちは思わずたじろいで、我知らず後退った。
「俺は誰の命も受けてはいない。今ここにいるのも、俺だけの意志だ。仲間を殺された……その仇をとらせてもらう。――ユアン・コーク!」
 イサスの手が懐ろへ伸びたかと思うと、その手にはいつのまに手に入れたものか、抜き身の短刀の刃先が光っている。
 彼はそのまま通路を駆け、一直線にユアン・コークへ向かっていった。
「ユアン様!」
「誰か……そいつを押さえろ!」
「警備の兵は何をしている!」
 様々な声が怒号のように飛び交ったが、イサスの身ごなしの速さに周囲は翻弄され、誰も彼の動きを急には止めることができなかった。
 だが、当のユアンは中央に立ったまま、驚いた様子も見せず、そんなイサスを悠然と待ち構えていた。
(そう出たか……狼。やはり、私の想像通りだな。さて、ザーレンはどうするか――)
 ユアンは隣のザーレン・ルードに目をやった。その途端に、彼は目を瞠った。
 ザーレンの手には、既に抜き放たれた長剣が握られている。
(どういうつもりだ、ザーレン・ルード。そなた、まさか本気で――)
「ユアン・コーク、覚悟!」
 イサスの声が近づき、ユアンは身構えた。
 しかし、彼の前を人影が素早く遮った。
 ――ザーレン・ルードだった。
「ザーレン、そこをどけ!」
 ユアンが低声で鋭く声をかけたが、ザーレンは答えなかった。
 イサスはザーレンに行く手を阻まれてその前で立ち止まった。
 その瞬間、彼の傷ついた体が悲鳴を上げた。
 思わずよろめきそうになる足元を、彼は何とか気力で耐えた。
 彼は目の前に立ちはだかる、その懐かしい姿と改めて対峙した。
(ザーレン――!)
 イサスは一瞬何か言おうと口を動かしたが、相手のその氷のような冷えた瞳を見ると、出かかった言葉は喉元で凍りついた。
 彼は、そのときザーレンの目が彼に向かって語りかけたことをはっきりと捉えていたのだった。
 ――私に刃を向けろ、イサス。……今この瞬間から、私はおまえの敵となるのだから――
 ザーレンの言葉を感じ取った瞬間に、イサスの心は荒涼とした空間に投げ出された。
 芝居……では、ない。
 ザーレンの表情を見て、彼が本気で自分を殺そうと意図していることを、イサスははっきりと悟った。
 ――なぜ……?
 しかし、そんな疑問は今さら間が抜けているようにも感じられた。
 イサスは、ザーレン・ルードという人間について全てをわかっていたわけではなかったが、ただ一つ、確かだと感じていたことがある。
 それは、彼がいかなるときにおいても、決して個人的な感情に流される人間ではないということだった。
 ザーレン・ルードは常に冷静であった。
 その判断力は彼の内奥に存在する、鋼のような固く強い意志に基づいている。
 ザーレンが、決断したこと……それが、自分を殺すことなのだとしたら――イサス自身が選択する道は、ふたつにひとつしかない。
 ――ザーレン・ルードを倒すか、それとも彼の刃にかかって果てるか。
 彼は自分がまさに今、運命の岐路に立たされているのだということを強く実感した。
 そして、彼を導こうとするその新たな運命の手は、しきりにその刃を目の前の男に向けよと唆す。
 運命の強い流れが、彼自身の意志を無視して、彼を思わぬ方向へ向けて、押し出そうとしているかのようだった。
 それは、恐らく彼自身の力では止めようのないことであったのかもしれない。
 石の力――彼の内に内在するあの力が目覚めたとき、彼を取り囲む全てのものが変わってしまったのだ。