ブローディア春
-よい年来たる-
12月のはじめに、石間のお兄さんが道外に出張に行ったと聞いていた。東京だって。だからあの石間お気に入りのブランドの、本店限定発売のTシャツを買って送ってもらうんだと教室で話しているのも聞いていた。
年末から正月にかけては、石間のお母さんが仕事仕事でヤバいくらい忙しいことになるとも言っていた。
だから、仲の良い江差の家で正月を過ごすって。家族が大変なのはアレだけど、それって自由で、高校生ってかんじだ。ウチは行事は家族でって、暗黙の了解だからさ。
「んなの嘘に決まってるじゃん」
「ええ?」
「江差の家って正月は海外行くんだよ。俺居られるわけがないし」
「で、今年は国内だから石間もついて行くって行ってなかったっけ。なんでクラスの奴らに嘘言うんだ?」
石間は俺の部屋で俺の向かいに座って、髪をくりくりと癖付けしながらニッと笑った。二人の間には小さなテーブルがあって、年越しそばがほかほかと湯気をたてている。
「カモフラージュ」
そろそろ除夜の鐘がなるところだ。居間では父さんと母さんと妹が紅白をみている。じいちゃんは奥の部屋で書道かなんかしている。
「木野との予定しか入れたくないから」
「え」
「おかげさまで一緒に年こせるだろ?」
「うん……そうだな」
そう、急に石間と年越しをすることになったのだ。ホントに急な話だ。
うちの家族の中では石間はアイドル的存在になってるから、誰も反対なんかしなかった。特別にどこか出かける予定があるわけでもなし……
ということは、特別にどこか出かけるでもなく、二人で、この部屋で年越しってことになる。いいのかそれって。
「なんか問題があるか」
「大人みたい」
「そうか?」
「だって恋人と年をまたいで会うと、ひめ初めするって」
ぶほっ!
「うわっ」
石間が抱えていた年越しそばの丼がひっくり返りそうになって、なんとか無事に床に着地した。でも山菜が石間のほっぺにくっついた。どうしたらそんなところに付くんだよ。
「木野ってそれ、狙っただろ」
「は? 自分でつけたんだろ」
「え、つけた?」
「山菜。俺が飛ばしたわけじゃない」
変な顔をした石間の顔が傾いた。俺はおせちの黒まめをつまんで食べて、箸を置いた。
「これ」
手をのばしてクルクルした山菜を摘む。石間、少しヒゲがのびてる。
石間は汁を拭って、横を向いてしまった。
「木野、ぜってーおかしい」
「おかしいって、なにが?」
「男子高校生として!」
「え? 普通じゃないかな」
俺は山菜を口に運ぼうとして。その手をギュッと掴まれて、股にポトリと落としてしまった。それを二人で、スローモーションを見るかのように眺める。
漫画や映画の中に出てくるような『まるで高校生』とはちがうかなー、俺。カラオケとか遊び歩くのとかしないし。石間は高校生満喫してるって感じだと思うけど。
「木野はさ、三好とどういうカンケイ?」
「友だち」
……ん?
「なんで急に三好が出てくるんだ?」
膝を立てた、と思った石間は、気付いたら俺の後ろにいた。背中から石間の腕がまわってきて、かたいような柔いような体に被さられて、ボッと熱くなった。
「石間?」
「ホントにただのダチ?」
はあ?
思わず振り返ろうとして、体をひねったんだけど動けない。石間の手がすこし動いて、染みを作っている山菜に伸びた。つまり、その。
「石間石間!」
「んー」
股のだぶついたところにつんと石間の指が触れて、その間に山菜が摘まれた。
「なんでそんなとこ触るんだよっ! つーか腕離せよ、動けない」
石間は答えなかった。その山菜をゴミ箱に直接なげて、またギュッと抱え込まれる。
「石間」
返事をしない。
「石間っ」
顔も見られないし。
香水が纏わりついてくるし。それはぜんぜん不快じゃないんだけど、でもなんだか今は嗅ぎたくなかった。だって石間、へんだ。
「石間、どうしたんだよ。俺なにかしたかな? 石間?」
石間の溜め息が、俺のこめかみの横に。
「三好とさあ」
また……こんな時にどうして三好?
「まさか木野さ」
なんだよ。
「こういうことしたんだろ」