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「姐ご」 1~3

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 「あのころは儲かった!
 レースの度に、はきかえるんだぜ。
 出走が多い日には、オヤジと二人でてんてこ舞いだった。
 しかも、その都度、現金での収入だ。
 笑いが止まらないくらい儲かったもんだ」



 瓦屋の背後から声がかかってきました。



 「俺の仕事は、もうすっかり片付いた。」
 缶ビールを片手に、メインスタンドに座る瓦屋の背後に
装蹄師が現れました。




 「いいのかよ、
 競馬関係者がこんなところに顔をだしても」


 「かまうものか。
 どのみち高崎競馬も、今日でおしまいだ。
 あれだけ存続騒ぎで大騒ぎしたのに、
 結局、県知事さんの「廃止」の一声で決着だ。
 鶴の一声でおしまいだ」



 「そんなことよりも、
 おい、雪が降ってきたぜ、
 積もりそうだな、この勢いじゃあ。
 大丈夫かな、
 最終レースの高崎大賞典まで、持つかな・・・」



 2004年12月31日、
この日かぎりで廃止が決まった群馬県・高崎競馬場での、
正午を過ぎたばかりの、メインスタンドでの会話です。
小雪が舞いはじめた中、第8競走を控えたパドックでは、高崎競馬の紅一点、
赤見千尋騎手に、詰めかけたたくさんのファンが声をからして
最後のエールを送っています。
ファースト・ル―チェに騎乗した赤見騎手も、
手を振りながらにこやかな笑顔でその声援にこたえています。



 雪がやむ気配はまったくありません

 見る間に場内が白一色に変わりはじめます。
やがて、第8競争が始まりました。
少し出遅れ気味の赤見騎手が、最後尾から中団へと追いあげていきます。
1周目のスタンド前を駆け抜けて、2コーナーから向こう正面にかかるころには、
先頭から2~3馬身の好位置で、手綱をさばいています。



 「赤見がいきそうだな・・良い花向けになる」


 装蹄師がつぶやいた通り、
ゴール板の前を、赤見騎手が一着で駆け抜けました。
もうこの時間帯になると、雪はさらに激しさを増し、
場内では、向こう正面が見えないほど視界が悪くなってきました
悪い事にさらに激しさを増しながら、強い風まで吹き荒れてきました。


 ついに、緊張の糸が切れたようです・・・
再び馬にまたがって、勝利の口取り写真を撮るために
ファンの前に現れた赤見騎手の両目からは、すでに大粒の涙が
とめどなくこぼれはじめていました。
ねぎらうファンの声と拍手が、
赤見騎手の涙の粒をさらに大きくさせていきました。
そして、この直後、第9競争以降の中止が場内に告げられました。


 そのアナウンスが場内に繰り返し何度も響く中・・・
高崎競馬の、最後の勝者となった赤見千尋騎手の目からは、
一層の涙があふれ出ていました。




 「ついに、終わったな・・・
 野郎ども、どうして、なかなか粋に計らうもんだ。
 女に勝たせてやるとは見上げたもんだ。
 無理やりにでも行けたものを、赤見に道を譲りやがった。
 赤見騎手にも、いい思い出になるだろう。
 よかったなぁ赤見。
 高崎で頑張ってきた甲斐があって、
 おめえさんが、高崎競馬の勝ち馬の締めくくりだ。
 まさに最後に、良い花を咲かせたもんだ。」

 瓦屋と装蹄師も立ち上がり、
場内の観衆とともに、泣き崩れる勝者に向かって、
力いっぱいの拍手を送りはじめました。



 2004年、12月31日。
この日の第8競走を持って、
群馬県・高崎競馬は80年余の歴史に幕を降ろしました。



(4)へつづく
作品名:「姐ご」 1~3 作家名:落合順平