「姐ご」 1~3
群馬県・高崎競馬場のトレセンこと、境町トレーニングセンターは、
主要県道に面していて、その正面ゲートを入ると左手には,
鉄筋づくりの3階建ての宿舎が、順に4棟ほど並んでいます。
競馬場にかかわる人たちの宿舎で、
おおむね100世帯ほどがここで暮らしています。
そこを過ぎると舗装路が終わります。
競走馬たちが足を痛めるために、舗装道路はここまでで
広大なトレーニングセンターの全敷地は、すべてむきだしの大地にかわります。
右手に一周1000mのダートの馬場があり、
それを取り囲むように、平屋造りの厩舎が立ち並らびます。
ここには、およそ800頭の競走馬と、それにかかわる人たちが
未明の時間から共に生活をしているのです。
その日は雨でした。
仕事休みの瓦屋が、装蹄師を迎えにいくために、
濡れた道を、奥の厩舎に向かって車を走らせていた時のことでした。
前方で黒いベンツが道をふさいで停まっていました。
それも通路のど真ん中、まさにこれみよがしの中央に停まっています。
ひろく作られている道路なので、左右には充分に余裕が有り、
すり抜ける程度なら容易にできたのですが、雨のために、
いつになくぬかるんだ様子を見た瓦屋が
軽く舌打ちをしました。
車間を詰めました。
ぴったりとベンツの後ろに着けてから、勢いよくクラクションを鳴らします。
しかし、まったく反応は有りません
車を降りた瓦屋がベンツに詰め寄り、おもむろに右足をもちあげると
思い切り、ドアを蹴りおろそうと身構えました。
その瞬間です。
黒服の男たちが厩舎から一斉に飛び出してきました。
「上等だぜ、この野郎・・・」
霧雨の中、力をこめて、瓦屋が両のこぶしを握り締めます。
「まて、まて」黒服の男たちをかき分けて、
かっぷくのいい初老の男と、
その後ろからは、傘をさしかけるサングラスの若い女が現れました。
「まてまて、非はこちらにある。
申し訳ない、
雨の中のことなので、ついついこちらが我がままをした。
ずいぶんと、ご迷惑をおかけいたしました。
後ほどに、罪滅ぼしがわりに、
ぜひ、此処までお越しください。
詫びは、充分にいたします」
そういいながら、瓦屋の手元に一枚の名刺を差し出します。
「おめえらも、失礼なまねをするんじゃねぇ。
相手は堅気さんだ、
まったく、
どいつも、こいつもしょうがねぇ。
じゃぁ、
すまねぇなお客人」
おい行くぞ、と男が後部座席に乗り込みます。
濡れた屋根越しに女がサングラスを外し、にこりと笑ってこちらを見ました。
身震いするほどの良い女です・・・
手元に残された名刺には、スナックの名前が印刷をされています。
なりゆきを見守っていた蹄鉄屋が、青い顔で駆け寄ってきました。
「大丈夫かよ、おい。相手は総長だぜ・・」
(2)につづく