欠陥一輪車の一人舞台
冬休み。家族旅行に来た私は、一日だけ家族と別行動をとることにした。場所はもう事前に調べてある。
地理の資料集で見た、あの青と白の空間――最南の島。自分の目で、見てみたい。
どんな色をしているのだろう。空が、花が、緑が、空気が。あの島に存在する全てのものを、実際に見てみたい欲望にかられた。
当初は結構調べはしたものの。本気で行く気は特になかった。
しかし。
幼い義妹(いもうと)の手を引きながら、家族と共に降り立った島は、夏の色を含んでいた。
その瞬間――私は一日だけ、一人で行動する決心をしたのだ。そして、今日。朝食後、一人で出てきた。
毎度毎度、何だかんだ自分の我侭を許してくれる両親には頭の下がる想いだ。―それだけ、自分を信用してくれているということなのだろう。嬉しかった。
やっと坂道を登りきれば、今度は下りだ。道端の動物をかまったり、さとうきび畑やその製糖工場を横目に九十九折の坂道を下りていく。
突然目の前に、広がる青。幾重にも色の重なった空と、海の境目も曖昧なくらいひとつに溶け込んだ――それは静かな海だった。
ブレーキを掛け、道の途中で見惚れる。暫くうっとりしていたけど。はっと我に返って、慌てて自転車を漕ぎ出した。(ぼけっとしてたら熱中症になっちゃうって……)
浜辺の入り口に、自転車を止める。もどかしいような気持ちが胸をむずがゆくさせる。
自分でも苦笑しながら、白い砂浜に、一歩踏み出した。
浜には誰もいなかった。青色の島ぞうりを履いた足が、砂に容易に飲まれていく。白く、細かな砂は裸足の足に軽くかかっては、零れ落ちる。ここではじめて知った。砂の感触が、こんなにも心地良いなんて!
ちょっと感動しながら、荷物を浜辺の岩の上に置いた。ぽいっと島ぞうりも脱ぎ捨て、波打ち際に寄る。足元を掠めていく波は、何処までも透明で、少しひんやりとしていた。
暫く、足元の白い砂と寄せては返す波を見つめていた。――ふと目を上げると、いくつもの色が重なる、海。
冬の空は、夏の空とは色が違うものの透明感に溢れている。
目の前の景色に、言葉を失ったまま。波打ち際で、果てない海を見ていたら。不意に、目頭が熱くなった。
胸がいっぱいで、何もいえない。ここで、言葉は要らないんだ。
ただ、そこにある美しいものに目を奪われ、心が震える。
(わたしは、)
(たしかに、ここに、いる)
海と砂浜と空があるだけで、こんなにも満ち足りた気分でいる。海を見つめたまま、頬にかかる涙は少しの間だけ知らんぷりした。我に返り。手の甲で、涙をふく。
それから、空を見上げた。
(いま、わらってるわたしは、いま、)
生きている!
不意に、浜辺を走りたい衝動に駆られた。本能のまま、走り出す。
胸が風を切って、足はしっかりと砂浜を蹴りあげる。向かい風が、頭から麦藁帽子を吹き飛ばす。
足を止め、後ろを振り返ると、自分が確かにつけた足跡。
波に持って行かれそうな帽子を慌てて拾いに戻り、もう一度しっかりかぶりなおす。
ひとつ、大きく深呼吸をする。そして両手を空に向かって広げて叫んだ。
「私は……!」
後に続くはずだった言葉は、自分のなかにのみこまれる。
(いま、ことばなんて、いらない)
この島の冬の日差しと風は熱くて、優しかった。
(わたしは、ここにいる)
私はこの地球(ほし)に生きている。大地を踏みしめて、確り自分の両足で立っている。
深く息を吸いながら、未来を夢見ながら。前を向いて、歩いていきたい――。
そう、強く強く願った。
遥かなる果てまで、私は生きている存在を感じた。
海も、空も、風も、森も、大地も。全てが煌めいているこの島で。
作品名:欠陥一輪車の一人舞台 作家名:狂言巡