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舞うが如く 第五章 13~15

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 珍しく真剣な眼差しのままに琴の瞳を見つめます。
「あら、今日はきついお顔ですね」と様子をうかがう琴に
お願いが有って参上いたしましたと、
その堅い表情を一向に崩す気配が有りません。
「何事でしょう」と尋ねると、その真剣な面持ちのままに、
琴の懐剣を私に是非とも下さいと、ねだり始めました。


 髪を短く切り落としたうえに、
男の軍服に身を固めて、最新式の連発銃まで操つれる貴女には、
それは必要ないものでしょう、と琴が笑っています。



 「急ぎ、夫と共に入城いたしましたゆえ、
 不本意ながら、ついぞ懐剣の用意を怠ってしまいました。
 籠城している婦人たちの多くは、
 男子の足手まといになるような時には
 自ら命を絶つために、脇差やら懐剣などを持参いたしておりまする。
 帯などもめったには解かぬよう、堅く細紐にて結ぶほど、
 その決意ぶりなどを、しかとみせておりまする。
 今日か明日かは、行く先は計りえませぬが、
 最後の時には、死に際だけは悔いなく立派にいたしましょうと、
 皆さまのそのご決意ぶりは、
 まことに見事そのものにございます。
 恥ずかしながら、このようなことがお願いできるのは、
 琴どの以外にはありませぬ、
 八重も散り際は、見事に飾りたいと思いまする。」



 八重の決意を聴き納得をしてうなずいた琴が、
腰から長年愛用してきた小太刀を、躊躇も見せずに引き抜きます。

 懐へ手を入れると、かつて幼なき時に師である法神からもらった
クマよけの鈴を2つ、久し振りに取り出しました。
それを小太刀に、時間をかけて丁寧に結わえつけます。
手渡す準備ができると、一度軽くゆすって鈴の鳴りようを充分に確かめたあと、
琴がにっこりとほほ笑みました。



 「会津のご婦人がたの、気高き本懐とその決意ぶり、
 しかと真摯に受け承りました。
 なれども、八重さま。
 あなたが、ここ会津にて散られる運命とは思いませぬ。
 これは、わが師・法神翁より
 幼き時に頂戴したもので、
 琴の守り神ともいえる、わが宝にあたる小太刀です。
 どうあっても生きのびたうえで、
 またの再会の機会にまで、どうぞ八重さまにお預けを
 いたしまする。」


 
 「それほどまでの、大切な品を。」


 「八重殿、
 会津の男たちは、忠義を重んじすぎるあまりに、
 悪戯に散り急いでおりまする。
 武士道ゆえの重い掟で有り、けじめというものにありまするが、
 生命(いのち)とは、まっとうすることにこそ
 その本来の意味がありまする。
 どうあろうと、なにが起ころうと、
 命は自らが散らしてはなりませぬ。
 男たちがどうであろうとも、
 おなごたる者は、
 生きて、生命を後世に伝え続けなければなりませぬ。
 男たちが皆、ことごとく死に絶えたとしても、
 おなごたちは子を産み、子を育て、その未来のために、
 何事も乗り越えて、生き続けなければなりませぬ。
 八重どの・・・
 あなたも、このわたくしも、
 そうした定めを背負った、一人なのだと思います。」



 小太刀を受け取った、
八重の、こぶしが小さく震えています。



 「琴さま。
 戦乱の会津に・・・
 焦土と化しつつある、わが会津に
 望みのある、明日などは
 本当にやって、来るのでありましょうか。」



 「それこそが、
 この城内に入った、600名余りの、
 婦女子たちが、自ら決める問題でありましょう。
 道は、只の一つです。
 やがて籠城が終わり、その後に来る会津の再生のために、
 生き抜くための、おなごたち自身の戦(いくさ)が、
 長い時間をかけて、きっと始まりまする。
 おなご600人の命は、戦いが終わったのちの、
 会津の希望に変わるでしょう。
 決して、散り急いではなりません。
 明治とは、生きるためにこそ生まれた、新しい時代です。
 家をなし、暮らしを育み、
 次の世代を育て上げることこそ、
 おなごの務めがあり、本懐があると私は信じています。
 そのためにこそ、
 おなごは新しい生命をはぐくむのだと、
 私は、そう思っています。」