ひとりと、ひとつ。(S-03M)
12月はかきいれ時で、ショップにいたケータイは次から次へと売れていった。
……俺を除いて。
まあ型落ちだからしょうがないのは分かる。そこはまだ分かる。けど、俺の売れない理由っていうのは、それだけじゃない。
ケータイと呼ばれるものは人型が半数以上を占める現状で、そのツラっていうのは大事だ。そこまで言えば、大体の人が、「あー……」と呟きながら、残念そうに俺の顔を見る。
いや、だからって、そんなスゲー不細工ってわけじゃないんだ、俺も。フツーなだけで。
けどさー、どう考えても、女子とイケメンから売れるに決まってんだろ。需要ってそういうもんだろ。
「……どうして俺を作った」
そんな訳で、店の中にいても邪魔なだけの俺は、クリスマスの今日も店の前に立っている。いつもと違うことといえば、持っているのぼり旗に『クリスマスセール』って書いてあることくらいだ。
行き交う人に声を掛けようにも、忙しそうな人たちは割と無情に俺を素通りして、用事のある人は勝手に店に入っていく。なので、ほとんどやることがない。ぼーっとしてるのにも飽きるから、偶に「いかがっすかー」なんて声を出す。
まあ、いつものことだ。
春頃になったら、メーカーに戻されんだろうなー……なんて、プラスチックの安っちい旗の柄に凭れながらぼんやり考えてると、隣のケーキ屋の前にいる、サンタ服を着た兄ちゃんと目が合った。
「寒いっスね」
いかにもバイトですという風体の男は、俺に向かってそう言った。
ケーキ屋の前には、見慣れないワゴンにいくつもの箱詰めされたクリスマスケーキが敷き詰められ、長机の上には金庫と電卓で簡易レジが作られてる。
「俺、寒くないのよ。ケータイだから」
旗に凭れたまま返事をすると、わかりやすく驚いた顔でこっちを見る。
あっちも、俺のことバイトに見えたに違いない。まあね、売り物には見えないだろうな。
「えっ、まじで? 全然わかんなかった」
ですよね。フツーだしね、見た目。
曖昧に笑いながら頷く。こういうの、卑屈っていうんだろうか。
サーモ機能の付いていない俺は、バイトサンタが手を擦ってるのを見て、ああ寒いんだなと思った。
よく見ると、成人の標準体型な俺とそんなに背格好は変わらない、見た感じ大学生のようだ。サンタの衣装がお世辞にも似合ってるとは言いにくい細さ。
あの服ってやっぱ恰幅良くないと似合わないよな……。
「それ、温かそうじゃん」
いかにもどっかの量販店で買いました的な感じだけど、それでも帽子と服とズボンが一揃い揃ったサンタセットは、見た感じ保温性は良さそうだ。
「これ、風通すしさー。寒ィんだよ」
白い袖口を摘んで腕を伸ばして見せながら、バイトサンタはぼやく。吹いてくる風に、慌てて身を竦めるのが面白い。
俺は、寒いとか暑いとか、そんなことを感じることはないから新鮮だった。
「日が暮れたら、またよけい寒くなると思うけど……あー、今夜は1度まで下がるって」
店の展示用だから機能は制限されてるけど、センターに問い合わせて天気のデータを取り出すぐらいは簡単にできる。
「まじかよー……。天気予報?」
「そう」
がっくり肩を落として、勘弁してくれと溜息を吐いた後で、思い出したように尋ねてくる。頷くと、感心したような顔になった。
どうやら、感情が表面に出る、分かりやすいタイプらしい。
「便利だな、オイ」
「お買い得っすよ」
これは客の予感。俺のセンサーがそう告げている。いや、そんなセンサー付いてないけど。
バイトサンタは、にやりとする俺に肩を竦めて、腰の辺りにあるポケットを叩いた。
「今カネねーしなぁ……てゆーか、俺が買ったらお前、こっちのケーキ買ってくれんのかよ」
「ケーキ食えないからねー」
……というか、お金なんて持ってないぞ俺は。おサイフ機能はあるけど。
「あ、そうか。メシ食う機能とかねえの?」
お前まだ俺のこと、ニンゲン扱いしてるだろ……。
ケータイだってことを忘れられがちなのは、ありがたいことなのかもしれないけど、複雑だ。
フツーってことがコンプレックスっていうか、今まで散々売れ残ったことで嫌味とか言われたから、俺の繊細な回路はちょっと傷ついてる。
「ないねー。電気は食うけどね」
だらだらしている俺たちは、端から見ればバイト二人が喋っているように見えるんだろう。
俺の見た目、変えられるもんなら変えたいけどさー。無理だしなー。
「それ、電気代かかるってことか」
少し考えるように腕組みをして首を傾げるバイトサンタに、ちょっと焦る。
微妙に買いそうな気配だったのに、俺の一言で逃したってなったら、ケータイとしてどうなのって話だ。
「あー、でもさ、最近のは省エネだから」
取り繕うように、旗に凭れるのをやめて、反対の手に持ち替える。
「お前は?」
ケータイ全般の事を話していたつもりだったのに、急に自分のことを聞かれて、一瞬言葉に詰まった。
最近のに比べると、やっぱり電気は食うし、いろいろとそりゃあ新しい方がいいに決まってる。
「……微妙に、省エネ」
ぼそぼそと返事を返したら、「ダメじゃん」とか言いながら吹き出して、腹を抱えるような勢いで、すげえ笑われた。
あああ、俺メンタル弱いんだからさぁ……。
割とダメージを受けてるこっちの事を知ってか知らずか、でもさ、と声が聞こえた。
「でもさ、お前みたいな、なんかフツーのケータイって、初めて話してみたけど、結構いいな」
「え……?」
さっきまで、ひーひー言いながら笑ってたバイトサンタを、ぽかんと見つめる。
いやいや、俺イケメンとかじゃねえし。結構いいって、何がいいんだ……。
どういうことか聞き返す前に、サンタのところへ客がやってきた。
「……っと、ッシャイッセー」
ケーキ屋というより居酒屋っぽい接客で、女性二人を相手にしているのを横目に、人通りしかない店の前でぼんやりとする。
人と話をするのは結構楽しい。たぶんそれが俺の仕事だからだ。
まあ、取り柄っていうと、そんくらいのもんだし。
でも俺のこと良いって言ってくれる物好きが、世の中に一人はいることがわかって良かった。
できれば、回収される前に、そんな物好きに買われればいんだけど……。
日が暮れてくると、お互い……主にサンタの方が忙しくなって、話をする余裕もなくなった。
俺が店に戻る時間になっても、まだケーキ屋は働いてる。こっちのショップが閉まる時間のが先みたいだ。
何時まであるんだろ、隣の店。
住所で検索してみたら、22時までって書いてあった。今日はクリスマスだし、もしかしたら0時ぐらいまではやるのかもしれない。
旗を持って店へ撤収する途中、あいつがチラリとこっちを見た。
「がんばれ」って口パクして手を振ると、しょっぱいみたいな顔で笑う。
接客の途中だったらしくて、すぐに慌てて対応に戻ってたけど、それを横目に見ながら、閉店準備を始めている自分の店へと戻った。
作品名:ひとりと、ひとつ。(S-03M) 作家名:深川ねずみ