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天野あきら
天野あきら
novelistID. 34299
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あおいうみ

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そう言って、190を超える長身のオーナーは帽子を深くかぶり、さっそうと出ていった。
多忙な人だが、俺に一任しすぎてやしないか…。



「明日は休業です」
曇天の空の下、俺は彼に言った。
傷はまだ治らない。潮風に痛くはないのだろうか。
「そうか」
「台風が来るんです」
海辺で寝られないな、と彼は笑った。
「店長さん、明日もテラス席にだけはきていいかい?」
「は?」
「明日で、迷惑をかけるのはやめるから」
「そういう問題じゃ」
「サンドイッチを注文していいかい?」
そして彼は、

カードは使えるよ、と呟いた。



俺は、久しぶりに家で1日を過ごした。
パソコンもなにもかも殆ど店なので、洗濯をして、ポータブルゲーム機で放置していたRPGをクリアしたりしていた。
「あいつ、どうなったんだろう」
そんなことを思う。ああ、最近はあいつに時間や手間を結構かけたな。
だが、明日になれば厄介払いできるかと思うと安心した。

「家族、ね」
俺は部屋の隅に立てかけられた、写真立てを見やる。

俺の両親と妹は、半年前に事故で死んだ。
妹のお腹には子供がいた。子供の父親も、その事故で死んだ。
俺こそ、帰る場所がない。

「大丈夫だ、帰れ、帰れ。」
俺が彼を思う気持ちは、わずかながらあった。
わからないでもなかった。愛を失い、家族への喪失感を味わい、夢を断たれた絶望感…
俺は、彼のことを、ほとんど知らない。

訊いてみよう。明日になったら。


次の日。テラスに彼は来なかった。
従業員は安堵していたが、俺は変な胸騒ぎを覚えていた。
「店長、情がうつっちゃった?」
そんなふうに茶化されても、料理しっぱなしで忙しかった毎日から一転、なにもすることがなくなってしまったような寂しさのなか、この不安感は異質だと感じた。

それは、的中する。

「店長さん!!店長さん!!常連さんが、倒れてる」

それは奇しくも、俺が彼と初めて出会った日と同じくらいの時刻だった。



彼は死んでいた。
死因は溺死。
胃の内容物は、サンドイッチ。
長く洗われることのなかった、彼の上着のポケットから出てきた運転免許証だけが、彼の遺留品だった。

そうだ、俺は、彼の名前すら知らなかった。
彼も、俺の名前を知らなかった。

「実家に、連れてってやるよ」
やっかいもの扱いした詫びと、飲食代を頂戴しに。


彼の実家はやはり金持ちだった。
父親は息子の姿を見て嘆き悲しんだが、母親とは連絡がつかなかった。
「納骨に、ついてきてくれないか。あいつは、友達がいなかった」
「はあ」
俺は、店を3日ほど休むことにしていたので、それは承諾した。

その、墓地は知っていた。
「…なんと偶然な」
彼の父は驚いた。
彼の墓の向かいに、俺の実家の墓があった。

そう。俺の、両親と、妹と、その子供と、妹の旦那の眠る墓に。

「…愚息は、学生結婚をしたいと、1年前に申し出てきてな」
「はい」
「反対した…。」

あの彼女のことだろうか。

「それからすぐ、だ。息子の彼女だと聞いていた女学生が、他の男と子供を作って大学を中退したのは」
「え」
「儂もあいつも、不実な女性が好きらしい」

俺は、思わず後ろを振り変えざるをえなかった。
あいつが、妹が苦笑いするような気がして。
俺の妹も、医学部中退、できちゃった結婚を、するはずだった、からだ。

そして、1年前といえば、

あいつは、ストーカーに悩んでいると、言っていた。
妊娠したとわかる、すぐ、前の話だ。

「きみ、名前はなんと言ったかな」
「葛原、です」
「そう、奇遇だ。息子の惚れた女性と、同じ姓だ」

俺は、ただ、首をかしげて、笑った。


妹の大学の学生名簿に、彼の名前はあった。
まちがいなく、彼の言う「彼女」は、俺の妹だ。

だが、何故?

なぜ、俺のところにあらわれた?

なぜ、あんなにひたすら過食をしつづけた?

なぜ、



「店長さんが、似ていたからです」

なぜ、

「ほんとうは、彼女を、フォークで刺してみたかった、とか」

なぜ、

「店長さん。なぜでしょう。」

なぜ、

「彼女のからだを食べてみたかった」

そんな、ばかな、

「店長さんが似ていたからです。」



ねえ。

僕が狂っているって、知っていたから、
君は悪くないと、

だから、せめて、

せめて、

綺麗な言いわけの儘で、



ああ。
作品名:あおいうみ 作家名:天野あきら