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僕はもう、存在しない。

そっと、外を見てみた。
雪が降る、暗い暗い静まり返った道が続いているだけだった。
誰も歩かないこの道は、僕の足跡を消し去り、そこには何もなかったかのように全てを覆い隠してしまった。
僕はただひたすら、目の前に舞っていく雪を見送っているだけ。
こんな田舎には、誰も訪ねてくるものはいないようだった。
ただ、世界には僕と雪のみが、散乱しているような気分に襲われる。
こんな時、ふと、昔のことを思い出すことが多かった。
それは昔の彼女であったり、大学でのサークル活動であったり、幼馴染と秘密基地で遊んだり・・・そんな今となってはとりもどせない過去のことばかりで。
未来なんて、もう僕には無いようなものである。
僕の世界にあったはずのそれらは、散りゆく花のように、融けゆく雪のように、消えていく泡のように、その『運命』はもう決まっている。しかも、それは僕が決めたことだ。
しかし、僕の運命は、僕がどうこうする以前から、もう決まっているのだろう。結局は、誰かが引いたライン上を、さも自分が決めたように歩いているのだ。そこにはパラレルワールドは存在しない。『もしも』なんて有り得ない。そんな『もしも』が有り得るのなら、僕は今何をしていて、何を考えているのだろう。多分どう転んでも、僕は『今』、こうやって外を眺めているだろう。きっと、僕は、何も変わらず、ここにいるのだろう。そんなことを思っていると、僕がなんでここにいるのか、判らなくなる。判らなくなって、困る。
今、僕が願うのなら―――――願う事すら赦されないのかもしれないが―――――こんな自分も愛してくれる人が欲しい。なんて、これから死のうとする僕がいうなんて馬鹿げている。笑ってみる。ただ乾いた声が部屋に残って、さらに自分が孤独だと知る。そんな自分が馬鹿馬鹿しい。
愛が欲しい。
小さい頃から、『普通』の家庭に産まれてきたつもりだ。家族ともまあまあうまくいっていたし、友人と呼べる人は多くいた。
何でここにいるのか。
幸せ者じゃあないか。
そんな声がどこからともなく聞こえてくるようだ。僕はそんな声なんて聞こえなかったかのように振る舞うしかない。ただ、それだけだった。

それと同時に、一刻も早くここからいなくなってしまいたいと願う自分がいる。
願った。
そして今、こうしてここにいる。
早く、早く、いなくなりたかった。でも、そう願うだけ、愛されたいとも思ってきた。そんな矛盾だらけを抱えているのだから、どうしようもない。
僕の存在は儚い。自分で自分を傷つけてしまうくらいには。愛されたいと願ってしまうくらいには。僕は怖かった。いつか、この危うい均衡さえ失ってしまうのではないかと、周りを見ながら、冷や汗をかいているのだ。
もう一度外を見た。僕は早いところ、こんな世界から、いなくなりたかった。
だから、もう待つことなんて、出来やしない。僕は、今も、こうして、窓に映る自身を見た!傷つけることを今だってずっと怖がって、恐れて、実体もないものをただただ避け続けている。そんな自分がどうしようもなく醜く映る。息をかけてしまえば、白く曇って、何も見えないままであった。

―――――そもそも、僕がここに来たのは、僕のせいだ。

なんていったって、僕は。
人を殺してしまったのだから。

―――――…
全ては、僕が妻である恭子との結婚から始まっている。
妻は、大企業の令嬢で、僕は一般家庭の息子だった。僕らは『駆け落ち』したのだった。そこには血の漲るような愛と、世の中の全てから否定されているような背徳感情、そして、深い情熱が僕らには付いていた。たくさんの喜びを、彼女と分け合った。
勿論、彼女の父には猛反発され、僕らは、それすらも楽しんでいるようだったと今は思う。
そして遂に、子どもができた。
だが、驚いたことに、『それ』をあまりにも醜く感じてしまう自分がいた。それは、あの子がこの世に産まれ出でる前からずっと、だった。
そうであれ、僕はその我が子を、『愛していた』。愛していたのだった。
自分の子どもを慈しみ、愛する…。僕は、確実に愛していた。ただ、醜い我が子を、どうこう出来やしないと解っていたから、愛することが出来たのかもしれない。
親は、子を愛する義務がある。子は愛される義務がある。そこにどんな感情があったとしても。
―――――そろそろ部屋も暖まって来たようだ。窓ガラスに水滴が這って、縁へと落ちる。
そうそう。話がとんでしまったな。
そうやって、我が子は醜いまま育ってしまった。僕は少しだけ期待していたのだ。家鴨に混じっている、白鳥の子のように、いつかは美しく成長していくのだ、と。
でもやっぱり、醜いものは醜いままだと言うことだ。
しかし、我が子は依然として、愛されていた。反面、僕は、『愛する』ことがよく分からなくなりつつあった。要するに、愛せなくなっていた。難しい。でもやっぱり、愛さねばならないという、僕対僕の内部抗争は日に日に激しさを増していった。
この頃、僕と恭子の間にも亀裂が生じてきていた。結婚当時はあんなに…と呼ばれる典型例だろう。
そうして、恭子は、僕とは反対に進んでいた。彼女は日に日に、僕への愛を、我が子に送っているようだった。それはまるで、反比例のようだった。
彼女の愛は、深くなっていく。それは親子の絆をも超越していた。息子は愛されていたのだ。
最早、そこには『家庭』の形なんてどこにもなく、ただ、歪んだ愛情と虚無感と嫌悪がごちゃごちゃと放り込んであるだけの『地獄』だった。少なくとも、僕はそう感じた。
そんな我が子は、恭子に愛されていくにつれ、僕に構うようになった。それは恭子の行き過ぎる愛情の結果である。しかし、僕はやはり嫌悪を覚えていた。
嫌だ、怖い、近寄るな!
叫びたくなるほどの狂気と、吐き気がした。そんな親だ、僕は。でもやはり、僕はあの子だけは、まっさらな半紙についた染みのように、そこだけが汚れているとしか見えなかった。
我が子はしきりに、僕に『愛している』という言葉を要求した。その度に、僕はじっと我慢して、『愛しているよ』と返した。それが親だと、僕は信じた。しかし、どろどろとした嫌悪は日に日に、僕自身を支配していった。
そうして、我が子が高校一年生となったときのことだった。我が子は、僕とそっくりになっていった。そのことがまた、僕を苦しめた。
その頃、遂に、恭子は息子を自分のものにすると決めたようだった。恭子はその時点で、僕とは口も利かない仲だったし、僕もそれがいいと考えた。
恭子は僕に、離婚届を差し出した。…実際、僕も、潮時を感じてはいた。そのことに躊躇いも無かったし、寧ろ喜ばしいこととも感じていたくらいである。
しかし、ここで、唯一、問題が生じてしまった。そう、我が息子の存在である。
我が子の教育権は、勿論恭子に譲った。しかし、我が子が望んだのは、恭子ではなく、僕の方であったのだった。
僕は耳を疑った。あれだけ愛されておきながら、なぜ、僕についてくるのか。
そのことに、やはり、恭子は狂ったように、僕を糾弾した。
なんであなたばっかり!なんで、なんで…。
作品名: 作家名:雛鳥