クリスマス・ディナーに、蟻が ・・・
『クリスマス・ディナーに、蟻が ・・・』
「ありがとう」
今宵はクリスマス・ディナー。フランス料理のフルコースだ。
涼太はアベリティフ(Aperitif:食前酒)のシェリー酒を一口飲み、あらためて真奈に礼を述べた。
だが、真奈がディナーに招待された方。真奈がまずは礼を言うべきだ。
しかし、真奈は食前酒で潤しながら、「うん」とだけ頷いた。
そして、オードブルのフォアグラのテリーヌにナイフを入れながら、自虐的なことを言う。
「だけどね、結局私は蟻みたいなものだったわ」
「蟻って?」
涼太は真奈が吐いた言葉の真意がわからない。
「だって、蟻ってちっちゃいけれど、生きるために一所懸命でしょ、私によく似てるわ」
いつもの強気の真奈らしくない。
「真奈さん、そういうなよ。俺がここまで来れたのも、真奈さんが今までサポートしてくれたからだよ、本当に感謝してるよ」
これは嘘ではない。涼太は断じてそう思っている。
すると真奈は何を思ったのか、唐突に。
「だったら、ねえ今夜…私を抱いてくれる」
真奈がそんなことを囁き、媚びるような目つきで、涼太をじっと見つめてくる。
涼太は、これはひょっとすれば真奈の罠かなとも一瞬疑ったが、「えっ、いいの?」と思わず返してしまった。
真奈は、ボルドーの赤ワイン・シャトー・ラグランジュのグラスをゆっくり輪を描くように回し、そして持ち上げ、一口口にする。
余程絶妙な味わいが感じられたのだろう、真奈が柔らかく微笑む。
そして、その後、今度は涼太を睨み付け、一言。
「冗談だってば」
作品名:クリスマス・ディナーに、蟻が ・・・ 作家名:鮎風 遊