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Twinkle Tremble Tinseltown 4

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till dawn




 その見かけと裏腹に、フロリーは意外と用心深い性格だった。あるとき勤め先のステージで腰を突き出し見事なヴァンプを決めた直後、ねっとりした視線を一糸纏わぬ身体に注がれて全身鳥肌の嵐。男の欲情に慣れた彼女ですらも苛立つ陰湿さ、コートを脱ぎながら甲高く愚痴を零せば、ぐったりとソファに身を投げ出していたキルケアは一瞬だが三面記事から意識を逸らした。
「いやんなる!」
 忘れようとしていた怖気が、怒りに混じって嘆きと共に口から零れそうになる。その様を泰然と、あの漆黒の瞳で見つめられると、それだけでフロリーは胸の奥がきゅうっと締め付けられるのを感じた。
 だが官能も一瞬だけ。すぐさま新聞を広げなおしたキルケアは、鬱屈を堪えきれずに開けていたクアーズの缶を取り上げた。中の液体からすっかり気が抜けていると知り、ふうっと一つ溜息を漏らす。
「あのジャーヘッドに締め上げてもらえば」
 すげない言葉に返す嫌味も見つけられず、蘇った二の腕の粟立ちを摩りながらコートをクローゼットへ戻しに行くのがお決まりのパターン。自業自得だとは分かっているのだが、彼女はそれでもあからさまに拗ねた顔で唇を尖らせるのだった。


 ドクター・キルケアと呼ばれる男にフロリーが出会ったのは数年前のこと。小汚い診療所で医療行為に勤しむ彼の元へ、生理が止まったという理由で押しかけたのがその始まり。肩書きは外科医だった。だが非常に融通の利くことで知られている。今思えば市販薬でも買って自己分析すればよかったのだが、彼は無知を馬鹿にすることなく、動揺を黙って受け止めてくれた。診断結果がシロだったと判明しても、それは変わらない。不規則な生活故のホルモンバランスの乱れが原因であると解説し、ビタミン剤を処方すると約束した彼の顔を見たとき、フロリーは思わず不安に丸椅子の上で身じろぎしてしまったほどだった。無関心、で表現してしまうことができたならどれほど楽だっただろう。キルケアは乾き過ぎて痛みを感じるほどの視線をぼんやりと患者に注ぎ、それからふわりと微笑んだ。空洞と見まがいそうな闇の不気味さ、まるで自分が道端に捨てられた空き缶にでもなったかのように感じる口角の湾曲。彼女のために笑っているのではないと、瞬時に気付いた。逃げたほうがいいのかもしれないとも。それなのに彼女はその夜自らのベッドに彼を招き入れたし、気付けば部屋に来ることを許している。


 確かに、ボーイフレンドとしてキープしておく分には悪い男ではない。痒いところに手の届くような相槌を打ってくれるし、子守唄を歌わせたら天下一品。風邪気味と見ればアスピリン代を含めただで診察してくれた。軍医のキャリアを捨てこんな街で診療所を構えている男に素直さや良識なんて言葉は最初から求めていないので気にならない。そもそも彼に増して偏屈だったり自分の意見を押し通すばかりの男など世の中に山といるのだ。またこれは一番重要なことだが、フロリーは多少の軽蔑を身に浴び羞恥を感じた方が燃える性質であると、自らの性向を正確に把握していたのである。

 
 今日も今日とて相手のときめきを一切考慮に入れず、キルケアは自らのノックに気が済めば後は黙ってその場に佇んでいる。このまま待たせ不機嫌の種が芽吹いても困るので、体裁だけは巨大な尻をパンティに押し込むが違和感は拭えない。全てを無視して、ドアを叩きつけたフロリーはほっそりとした身体に飛び込んでいた。しなやかな腕は、弾む肉体をよろけながらも受け止める。ジャケットに包まれた上半身が逸らされた瞬間、ばりばりと小さな音が二人の間に滑り込む。はっとして、足元に眼をやった。コンビの靴が、玄関先に飾ってあった松ぼっくりを踏み潰している。
「あーあ。もう」
「なに?」
 身体を離し、今日初めてまともに見た顔には、興奮の欠片も見当たらなかった。ぽんと脛を蹴飛ばされて、ようやく自らの失策に気付いたらしい。持ち上げられた靴底の下からすばやく攫った木の実を、フロリーは男の鼻先にぶら下げて見せた。白い絵の具が塗られたそれは見事にひしゃげ、かさが好き勝手な方向に広がっている。
「ごめん。気をつけようと思ってたんだけど」
「ほんとひどいわ、オーナメント」
「もうそんな季節か。つい最近までハロウィンだって騒いでたのに」
「とっくに終わったわよ。もう世界はジングルベル」
 ふんふんと鼻歌で奏でて見せれば、それを掻き消すように転がされた苦笑い。女を優しく見下してみせるとき、彼の細面は子犬のように全てが垂れ、なぜか庇護欲を掻き立てた。
「そうやって一年中イベントで浮かれるんだからな」
「せっかく可愛くできたのに」
 言っては見るものの、無念さは全くといって良いほど感じない。部屋の外に向かって投げつければ、早すぎた聖夜の余興は小便臭い階段の上を数段飛ばしで跳ね、見えなくなった。
「クリスマスツリー買ってよ」
「どんな奴?」
 抱えていた袋を手渡し、なおそのまま待っていてくれるので、手早くリビングに追い立てる。彼の自宅を訪れたことはないが、「ティンゼル・カウンセル」なんてイエローペーパーをマガジンラックに常備していないことは、ここに来るたびローテーブルから雑誌を取り上げることで察せた。キッチンに引っ込み、フロリーは扇情的なニュースにも負けない声を張り上げた。
「白いプラスチックの奴で、紫のライトがついてるの」
「ちょっとどうかと思うけど、その趣味」
「見たことないからよ」
 袋の中から出てきたシリアルは先日買ってきてくれと頼んだもの。真新しい乾燥苺の甘酸っぱい匂いを嗅いで見たくなったが、我慢して封を切らないまま棚に押し込む。
「クリスタがね、去年レスに買ってもらったの。すごくお洒落なんだから」
「そうなんだ」
 クラッカーとバドワイザーの缶を持っていこうと冷蔵庫のドアを閉めたところで気付き、慌ててクアーズと取り替える。幸いキルケアの意識は州内にあるペットフード会社の醜聞に向いていた。
「買ってくれる?」
「いいよ」
 医者らしい律儀な口調は、ひとまずフロリーを満足させた。彼がその時まで覚えているかどうかは別問題だったが。弟の入院費捻出に頭を悩ませているとはいえ、ともかくキルケアは最低限の金を持っている。少なくとも女から生活費を毟るような真似をしでかさない程度には。これは友好な関係を築くうえで非常に重要なことだった。殴られたり怒鳴られたりは我慢できても、金を取られては生活ができない。職場から前借ができなくなった途端捨てられたのならまだ良いほうで、ひどいときは部屋の前で待ち伏せされ、消費者金融へ引っ立てていかれたことも幾度かある。財産に手をつけないということは、自由を保障するということだ。キルケアは彼女を縛ろうとしなかった。他の男の前で乳房を晒そうが、訳の分からないものを欲しがろうが、哀れもうとも否定はしない。今までの男に比べれば、神か仏かとは言わないまでも、非常に良い待遇であることは間違いなかった。