小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

瑠璃の海、琥珀の空。

INDEX|7ページ/7ページ|

前のページ
 

 電車の中はいつもよりも空いていた。イヴの夜は始まったばかりで、人々は未だ帰路についていない。
 私のマンションの前に着くと、カイムは立ち止まって「マリナに渡したいものがあるんだ」と切り出した。
 私はどきりとした。今まで贈り物は避けてきたはずなのに。絶望なのか期待なのか分からない、奇妙な胸騒ぎと共に、私は差し出されたそれを受け取る。
 それは瑠璃色の宝石が埋め込まれたブローチだった。魂が吸い込まれそうなほど深く澄んだ青い石に、私は息を呑んで見入る。
「ほら。marine(マリナ)の色だよ」
 カイムは彼にしては珍しく、少し震えた声音で語った。
「君は僕にとって海そのものだ。心地好く、深みに気が付かないまま、どんどん溺れていってしまう」
 彼は唇の片端だけ上げて小さく笑い、「こんなところにまで来てしまうとは思っていなかったよ」と切なげに瞳を光らせた。
 それでようやく私は、私と同じくらいに、カイムもすっかり弱っているのだということを知った。
「これからは毎年、君に贈り物をするよ。来年の今頃もきっと、僕は君と一緒に居る」
 私は感極まって、喉が詰まってしまい、何も言えなかった。何も言えないまま私は、ブローチの針で自分の指を刺した。ぷつりと赤い珠が滲み、やがて一筋の赤い血が、糸より細く流れ落ちる。
 驚くカイムの手を取って、私は彼の指も刺した。そして血の滲む指と指とを擦り合わせてから、寒い冬の日でも暖かいその手を握った。
「血の契約を交わしたわ」涙で声が掠れてしまう。「約束を破ったら、地獄に堕ちちゃうんだよ」
 するとカイムは優しげに目を細めた。
「いや、もう堕ちているのかもしれない」
 そう言ってから目を伏せて微笑ったカイムの睫毛に、粉雪がはらりと降りて溶けた。見上げると、濃紺の空の奥から、細やかな雪が控えめに降ってきていた。
「……お腹、空いたね。せっかくだから、外食にする? カイムは何が食べたい?」
 私は目尻に溜まった涙を指先で拭い、努めて明るい声を搾り出した。
「僕は……美味しい魚の食べられるところに……行きたいかな」
 美味しい魚、のくだりでカイムはわざとらしく私の耳元に唇を寄せ、囁いた。耳朶を甘く噛まれて私は、首筋が、かあっと熱くなった。きっと、血が差したように朱くなっている。
「……なら、やっぱり私のうちかな……」
 私たちは額がくっつくほどの距離で顔を見合わせ、密やかに笑い合った。
 玻璃のような雪の降る空には、カイムの髪と同じ琥珀色の星たちが、気の遠くなるほど昔に生まれた光を纏って、瞬いている。
 私たちかいつか失われるものであるということに、変わりはないのだった。