舞うが如く 第四章 10~12
「いえ、甲乙つけがたく思われます。
いずれ菖蒲か、カキツバタと思われますゆえ・・・
上下などには、言及ができませぬ。」
「わずかな旅を続ける間に、
ずいぶんと、お口も達者になったようですね。
ところで、京都警護職のおひざ元、
会津とはどのような処ですか。」
「質実剛健にて、義を重んじ
よく耐えて、主に奉公をするを良しといたしまする。」
「明快な事ですね。」
「家訓15ヵ条にございまする、
会津藩士の心得と、勤めをしたためたものにございます。」
「なかなかに、勤勉です。
作蔵にも、見習わせたいものですね。」
笑い声を残して、琴が先へと進みます。
頭一つぶん琴よりも長身の作蔵が、失笑する5人の手下たちを
厳しい目線で振り返りました。
故郷が近くになってきたことで、頬を紅潮させた若侍が、
琴に歩調を合わせて、さらに言葉を続けます。
「山本覚馬様が言うには、
これから日本中が騒然となる。
時勢をめぐって、天下分け目の大動乱もありうると
言っておいででした。
公武合体の会津にとっての正念場がおとずれるゆえ、
まごうことなく鍛え抜かれるようにと沙汰がございました。
いかような、意味に相成りますか?」
「それゆえに、新式の西洋銃がいると言うことでしょう。
すでに、剣を用いての白兵戦や、
接近戦の時代では無いということでもありましょう。
砲術や、新式の銃が戦いの主役になる時代ということであり、
その準備を怠るな、と言う意味かと思われまする。」
街道が右に折れると、
城内へと続く武家屋敷の通りに差し掛かります。
期せずして前方より、婦人たちの一団があらわれました
頭には白羽二重の鉢巻きをして、
女の着衣に義経袴といういでたちで、
腰の小刀とともに、めいめいが薙刀をたずさえています。
先頭にたつ、ひときわ艶やかな女性がこちらに向かって
にこやかにほほ笑みました。
つい先ほどまで噂に登場していた、
山本八重その人です。
その横に、もうひとり、
会津藩江戸詰勘定役・中野平内の長女、中野竹子が、
聡明そうな瞳を輝かせていました。
18歳の、まだどこかに幼なさの残るこの乙女こそ、
熾烈をきわめた会津戦争で、
みずから婦女隊(ふじょたい)の先頭に立ち、
若くして、柳橋(涙橋)の戦いで散ることとなった
「会津の白い花」その人でした。
作品名:舞うが如く 第四章 10~12 作家名:落合順平