舞うが如く 第四章 7~9
「わが身も、もう、行く末はわずかにあろう。
私が持ったままでは、
この菊一文字も朽ち果てることと相なる。
是非、こいつに、
会津の風景を見させてください。
今となっては、もう我が身体では
会津は、いかにも遠すぎまする。」
「お形見に、とは・・・」
「もはや、琴さんもご承知のごとく、
わが胸はすでに、
末気に近い、病窟の巣でありましょう。
よく持って数年ほど、いいえ、もっと早いかもしれません。
抗しがたくありまする。
我が定め、そう見極めてもおりまする。」
沖田の背中に琴が寄り添いました。
半身に振り向いた沖田が、黙って琴の肩を引き寄せます。
全身の力を抜いた琴が、そのまま沖田の胸に顔を埋めました。
顔をうずめたままの琴が、
声をしのばせて、ひとつ涙を落とします。
沖田は何も言いません
琴の肩が小刻みに震えだし、やがて大きく揺れはじめます。
沖田が両手をしっかり広げると、大切な物を包み込むように
柔らかく、琴を胸元に抱きしめました。
「明日がお別れだというのに・・」
「もう、このへんが互いの潮時にありましょう。
限りに近い、この身なれども、
私は琴さんを、終生決して忘れません。
琴さんには一本とられたままであるがことが、
すこしは心残りでもありまする。
今となってはもう、
どうでもよいことと相成りました。」
「なれば、もう一度、
お手合わせ、いただけますか?」
ぬれた瞳が見上げました。
その視線を柔らかく受け止めた沖田が、
琴の頭に手を添えるともう一度、
やさしくゆっくりと自身の胸に引き寄せました。
「ときが止まれば、良いものを・・・」
琴が小さくつぶやきました。
日暮れは早く、早くも夕闇が立ち込めてきました。
作品名:舞うが如く 第四章 7~9 作家名:落合順平