充溢 第一部 第二十五話
第25話・2/2
その日の夕刻、騎士団長の一人息子の死体が見つかった。
死体は、血を抜かれたかと疑うほど白く、なめらかで美しかった。
彼が乗ってきたのか、遺体を運んだのか、驢馬が近くに繋いだままにしてあった。
騎士団長は涙を流さなかった。
彼の息子は普段から家寄りつかなかったが、それでも幼い頃から付き合いのある騎士と、世間話をするぐらいはしばしばあった。
最後に姿見せたのは、誘拐騒ぎの夜。騎士団の館に冷やかしにやってきたと言う報告があるのみ。
それを聞くと、周囲がさえぎるのも構わず、愚息を嘆く言葉を吐き続けた。
「間諜だったのだよ。
上手いこと言われて、使われただけだ。
倅は、いつか言っていた。自分の道を歩くとな。
それでもよいと好きにさせていたが、それは私の無責任だったと今さら気付いたよ。
あいつの望む道が私の逆を向いていたのではなく、私の道の逆の道を探して選んでいたのだ。
何かになろうと言うのに、見ず知らずの赤の他人に頼ると、こう言う結末になる。
それを知らずに、私は頼られる父親になろうとしていなかったのだよ」
親としての無能さを嘆くのを聞くと、周りもそれを否定するようなことしか言えずにいた。
彼の右頬を張り倒す音が響き渡りった。
「真実を知るチャンスだというのに、お前は何を下らない事に浸っている。
お前はこれの父親である以前に、騎士団長であり、この事件の責任者だ。
これ以上、子供の事を喋りたければ、全てやめてしまえ」
叫んだのは東の悪い魔女だが、ビンタを喰らわせたのは二人のメイドのうち、背の高い方だった。
全てやめてしまいたい気分になった。気を抜いていたにしても、我らが主が女に正面から張り倒されるとは。
騎士達は圧倒されていた。"どうにでもなれ"から"どうにでもして"へと心境は脱皮していくことになった。
東の魔女は朝の一件以降、明らかに多くを隠している。
彼女が昼出かけたのは、学長の所だというのははっきりしている。なるほど、これなら、学園内での殺人も出来る訳だ――しかし、そんな単純な話でないのは知っている。
普通に攻めれば、薬品の利権について折衝を重ねていたと答えられるばかりだろう。学長と言えば、学園界隈では公よりも影響力がある。我々が行っても収穫は見込めない。
そこで何を話したか、魔女は何も語ってくれない。"標準より際立った措置"と笑うばかりだ。
アロンゾーの遺体について、『何故、今になって殺されたのか?』と言う質問に対しても、『お前達が思うほど、倅の役割は小さくないぞ』とだけ言った。
我々は、徐々に魔女の世界に足を踏み入れているのだろうか?
作品名:充溢 第一部 第二十五話 作家名: