充溢 第一部 第二十四話
第24話・1/3
ポーシャがいつになく活動的だ。屋敷の男手の少なさもアントーニオの一件以来だ。連続殺人事件に関しては、噂並の情報ならば私の手元にも届いていた。
気分の良い話ではない。特に、学園での殺人事件には動揺した――しかし何故、疑いが自分に掛からないのか。
脳裏は混沌とする。
「このままではマズいな」
手を伸ばしたのは古ぼけたノート。ポーシャの拾った人形のノートである。流石にこれは禁帯出だ。
いらない事に思考を奪われ、不安になってしまうなら、この説かれない暗号に挑戦しようと考えた。
保管状態が良いのか、表紙も小口も日焼をしていない。しかし、何度も見返された跡がある。それだけ必死に謎を解こうとしたのだ。
何かの実験ノートであるには違いない。ガラス器具の組み方の図示や、キャプションの文字化けしたグラフが並んでいる。
筆跡は、角張った直線的なフォントにされている。記入者を特定されない為だが、お陰で整然として、美しい。
綺麗に装丁すれば、そのまま豪華本にでもなりそうなぐらいの美しさである。
少し前に暗号についていくつか教えて貰ったことがある。
暗号を解読するのに、初めに取りかかるのは頻度分析だ。どんな文章にも、頻繁に出てくる文字とそうでない文字がある。それを足がかりに文字を特定するのだ。真っ先に調べてみたが、満足行く傾向は出なかったそうだ。ならば、乱数表か換字表か、それに近い何かを利用したことになる。
全くのランダムではないので、何の意味もない出鱈目だと言い切る事も出来ない。
暗号という言葉は、ギリシア語の"隠された"から来ている。そこで我々は"隠れなき"所へ出向かなければならない。それを制限しているのは、自分の能力なのだ。
ノートを読み始めるとすぐに、既視感を得る。
整理された配置、きめ細かな注釈――人のノートを見て比較する機会は滅多に無いとは言え――母のそれに極めて似ていた。実験ノートには研究者の個性が出るものだ。
作品名:充溢 第一部 第二十四話 作家名: