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毒虫少女さみだれ現る現る

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 104号室の中年男性のように、向こうから付き合いを断ってくれるのが、正直一番楽ではあった。
「──あのおじさんの部屋に、入り浸ってる人が、君の知人さんってことかな?」
「そういうことです。別に親しくしたい相手でもないですし……部屋番号がわからないと、僕の部屋に来れないみたいなので──」
 ──いつも、書き換えているんです。
「今日は『THE INCREDIBLY STRANGE CREATURES』っていう映画を見たので、そのタイトルを書いておきました。気になった人が、何かの間違いで見てくれたら嬉しいなって思ったのが、そもそものきっかけだったんですけど……だからまあ、僕なりの啓蒙活動です。ホラー映画の」
「はあ……まあ、正直まだよくわかんないけどさ。その、ナントカいう映画は、面白いの?」
「いえ、超絶つまんないです」
「つまんないの!? 啓蒙してるのに!?」
「今日のはむしろ道連れを探す的な感じでした。僕、あの映画見るぐらいだったら、オードリーの漫才を百回繰り返して見ます。そっちの方が断然面白いです」
「オードリー好きなんだ……」
「トゥ──ス!」
「どこでテンション上がったのかさっぱりわかんないよ」
 眼鏡さんが呆れたように呻く。五月雨にも自分の気持ちがどこで上下動するのか把握できていないのだから、今日初めて言葉を交わした彼女が呆れるのも無理はない──呆れて、遠ざかってもらうのが楽な付き合い方でもあった。
 ──いい人そうですけど。
 いい人に『毒』を吹き込むことこそ──五月雨が、何より恐れることでもあるのだ。
「まあ、そんな感じなので。それでは、またお会いしましょう、眼鏡さん」
「眼鏡さん……」
 限りなく普遍的な道具を呼称として用いられたことに、眼鏡さんが納得したのかどうかはわからない。確認するよりも早く五月雨は歩き出し、二階の自室へと向かう外階段へと足をかけていた。外出の途中だったのか、眼鏡さんは門扉の方へと歩いて行く。
 揺れるおさげが視界から外れる、ほんの一瞬手前で──不意に、眼鏡さんが振り返った。今まさに階段を上がろうとしていた五月雨に声をかけてくる。
「そういえば──君、さ。ここの人だよね。名前──何て言うの?」
 名前──。
 問われて、答えに逡巡しなくなったのはいつからだろう。
 自問し、当然のように自答がないことに落胆する。
 つまりは嘘と自分とが溶け合っているということだ──無理に引き剥がそうとすれば皮を裂き、肉を削ることになる。それ程の傷みと代償を支払ってまで、真人間に戻りたいとも思えない。
 ──だから、
 いつも通りに五月雨は薄く笑った。
 頭に被ったケロリンの洗面桶を指で弾いて、
 腰紐に結んだクマのぬいぐるみをひきずり寄せて。
 ──僕は、
「──さみだれ」
 ──おそきない、さみだれ。
「晩に生まれた内、五月の雨。晩生内──五月雨っていう名前です──」
 ──変わった名前なのは、
 ──偽名だからです。
 黄昏時に焼き付いた月のように、曖昧な印象で微笑みかけて。
 今度こそ五月雨は、自室へと向けて歩みを始めた。

──了