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クロエのチョコレイト

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クロエとカレン



耳が隠れる程度の長さの鮮やかな黒髪。
そしてその下に見える整った眉と凛々しい瞳。
スレンダーな体が姿勢の良さのおかげでよく映える。
今日もあちらこちらから女の子の黄色い声が上がる。
そんな声を聞き、この声を一身に受ける黒江は贅沢にも一つため息。
そのため息は、別に優越感からくるものではなく、心の底から腹の底から出てきたモノであった。
単純に嬉しくないのである。

黒江瞳子。

それが彼女の名前だった。
黒江は昔から、その容貌のせいで男よりも女の子にモテてしまっていた。
しかし、残念ながら彼女はレズではない。
男であったら魂を売り飛ばしてでも勝ち取りたいそんなポジションだが、
至極誠に残念ながら彼女はレズではないため全く嬉しくない。
そんな彼女が一年間で最も恐れる日、それが今日「バレンタインデー」である。
いったいどこで調べられているのか、県外からも送られてくるトラック単位のチョコ。
まあこれならまだいい。あまり良くない気がするがまあいい。
本当の問題はもっと深刻なのだ。

その深刻な問題が、

今日も一学年上のクラスのドアを、

臆さずにぶち開けてきた。

「受け止めてッ! 一年分の私の愛をッ! そして私の純潔をッ!!」

そんな掛け声とともにとび込んできた美少女を、黒江はため息をつきながらさらりとかわし、
みぞおちにボディーブローを叩き込んだ後、背中に肘鉄を叩き込んだ。

「ノォオォオ! オナカとセナカがメテオストライック!」

少女はなぜか悦びの声を上げながらのた打ち回った。
それがこの、
彼女の幼なじみかつ、
彼女の天敵かつ、
オランダ人のハーフで、
正真正銘ガチでレズビアンな後輩、及川カレンだった。

「今年はおとなしくしてほしいんだけれど」

黒江は何事もなかったかのように着席して言う。

「私から生き甲斐を奪わないでおいてくだサイ!」

「そんな生き甲斐私にとっては害でしかないのよ。駆除するわよ」

「害虫扱い?!!」

「そんなことないわよ。害虫に失礼でしょ」

「全然フォローになってないデス!」

「当たり前じゃない。フォローするつもりなんてないんだから」

肉体と精神の両方に致命的なダメージを食らいながらも、
カレンの瞳は欲望の炎でめらめらと燃えていた。
なぜなら初めてあった日から10年間。
実に10年間もこのようなやり取りをしてきたのだ。
校内ヤンデレランキング殿堂入りは伊達じゃない。
カレンは懐からひとつの小瓶を取り出した。
小瓶には[カレン特製マル秘薬]というラベル。あからさまにあやしい。
ロクなものではない物であることは確実だ。

「ふふふ、今日の今日こそこの薬で瞳子さんを私のものにグッヘッへ……って、あれ?」

黒江はカレンからその小瓶を奪い取り、それを地面に叩きつけた。

「任務完了」

黒江、すがすがしい、やりきったという顔。

「ほ、ほわぁあぁあ! 私の特製マル秘薬がぁああぁ!」

カレンはその場に崩れ落ち、搾り出したかのような悲鳴を上げた。

「とにかく。今日は勘弁してよね」

黒江はそんなカレンからまったく眼中にない様子。
ひとしきりカレンは悲しみに明け暮れていたが、あることに気がついて驚愕の表情を浮かべた。

「瞳子さん。今日はってどういうことデスか?」

作品名:クロエのチョコレイト 作家名:伊織千景