充溢 第一部 第二十一話
第21話・3/5
ロザリンドのスカートに、私の長い影が掛かる。
屋敷の門まで来ると、ネリッサが出迎えてくれた。久しく見なかった、彼女のメイド姿だ。
意外だった。荒事なら、彼女の出番じゃないのかと――失礼な決め付けだけれど。
ポーシャは近衛騎士団と一緒に向かったという。
呆れた話だ。彼等が割と暇であると聞くにしても、ポーシャが自由に使えるような人々ではない筈だ。
「心配ですか? 私達には味方も多いのですよ」
また難しい顔をしてしまったなと、照れ笑いする。
ネリッサは安堵の顔を覗かせる。
シーリアは子供っぽく、早く屋敷に入ろうと駄々をこね始めた。
耳に違和感を感じた刹那、ネリッサに突き飛ばされた。
シーリアの走りだす足が見える。
ロザリンドに受け止められる。
反動で顎が上がると、反対側に倒れるネリッサが見える。
彼女の右袖が裂けて、鮮血がほとばしる過程を眺める。
門が開くのが早いか、ロザリンドに引き摺り込まれ、後から門番がネリッサを抱えるのを見た。
あの時の音を思い出す。飛翔する矢の音。これが射殺される時に聞く音なのだ。自分が、それを音だと判断するよりも早く、身体が動く人々がいることを知る。
処置も迅速だった。洗浄を施し、傷口は消毒された絹糸で丁寧に、しかし迅速に縫い合わされる。
周囲に目を向ければ、次に使われるべきものが、適切に配置され、用済みなものは直ちに取り除かれる。
常に、作業が有機的に結合し、一点の無駄もない動きを見せる。
判断が状況に先行し、言葉を用いずともそれらが伝達される。
その場にいる者は、同じルーチンで思考が組み立てられるので、その場に残る結果の整合性が外れないのか。
「何が遊惰な生活よ」
「街中で長弓使うってどんな神経かしら」
シーリアと身軽そうな男の二人が帰って来た。犯人の姿を捉えることすら敵わなかったようだ
「何者にしても、まともな人間ではないですね」
ロザリンドの言葉に、あんたらはどうなのさ! と心の中で突っ込みつつ、珍しく真面目なシーリアを見てみる。
心配そうな表情を読み取ると、ロザリンドはシーリアを威嚇するような目付きをする。
「普段通りにしてなさい」
シーリアは目を背ける。
動揺するなと言う意味なのは明白だった。彼女に掛ける言葉を見つけられない自分がもどかしい。
ロザリンドが奥に消える。
何も言えそうにないけど、離れていると言うのも、何か情のないような気がして、シーリアの隣に座る。
窓の外は暮れなずんでいて、我々の一時は、現実世界の一瞬だったのだと言うことに気づく。
作品名:充溢 第一部 第二十一話 作家名: