充溢 第一部 第二十話
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アロンゾーは苛立っていた――父親の財産が何処の馬の骨とも知らぬ男に狙われているからだ。
倉庫街寄りの酒場の並ぶ一角、路地の奥まったところにある、潮と湿気の臭いの咽る汚い飲み屋、柄の悪い人間は、臭気と同じような所に溜まるものだ。
「よぉ、未来の騎士団長殿。あのシザーリオって奴、騎士連中とかち合って、片っ端からぶっ飛ばしたらしいじゃないか。いよいよ、ソイツで決まりだ。お前も年貢の納め時だな」
悪友は男を見るたびからかって行く。
笑って済ませる奴はそれでよいが、金が絡んでいる連中はそうも言えない。かなり物騒な話も持ち込まれる。ビビっている訳ではないが、考えあぐねていた。
仮にこの男を殺して運河にでも放り出したとしても、どうせ、別の人間を探してくるに決まっている。
やってしまうなら、全員を殺してしまわないと意味がないのだ。
ラッテンファンガーと言う男の話を耳にする。随分と気味の悪い男だと言う。
刃傷沙汰も死体が浮かぶのも何も珍しくない界隈で、不気味も怖いも冗談にしか聞こえない。
どう気味が悪いか問い詰めても、ヤバイとか、その辺の単語しか出てこない。これは、知らないのではなくて、語彙が少ないから説明できないだけか。馬鹿な上に噂話が大好きな奴は、大抵長生きしない。
それでも耳を貸したのは、希望通り全員まとめて片付ける算段があるらしいからだ。
わざわざ、そんな噂をして、俺をおびき出すのはどういう了見だ。殺るなら、さっさと殺っちまえばいいだろう。
相手は、『それもそうだ』と笑うばかり。頭の軽いヤツだ。反吐が出る。
殺してから金をせびりに来られるよりかマシだと考えるべきか。
作品名:充溢 第一部 第二十話 作家名: