百戦錬磨 第二話
あの噂、というのは利奈と篠原がよく二人で飲みに行ったり、互いの家に泊まったりしているという噂である。実際にその現場を見たという生徒もかなりの人数がいるため、この賭けをしている生徒たちは”真実”という方へ流れているのだろう。
紙をみたまま云々唸っている和斗の姿はまるで駐輪所に自転車を置いていたのに撤去されてしまって張り紙の場所に自転車を取りに行こうか、それとも自転車を諦めるかを迷っている人のようだ。
「それで、どうするの、和斗?」
そうやって紙を突き出す水月の目は笑っていた。いや、正確には笑っているように見える、だ。和斗はその水月の目に勘づく。
(・・・なるほど・・・あいつが笑っているということは今、あいつは儲けているということ・・・つまり・・・)
「ふっ・・・俺は嘘に一万だ」
そう自信ありげに和斗は財布からなけなしの福沢さんを取り出す。
「んなぁあ!?」
おおよそ女の子とは思えないような奇声をあげて驚く水月。
(分かり易すぎる・・・)
「ん?俺が嘘の方に賭けるのがそんなに不自然か、水月?」
和斗が悪だくみを見抜いたような優越感を満たしながら水月を見下すような笑みを浮かべる。
「あ・・え・・いやだな~。何もないよ・・・何も・・」
焦って墓穴を掘っていることに気が付かないのかそれとも単純に馬鹿なのか、判断が付きにくいところだが、結局、どちらにしてもあまり変わらないので和斗は水月の策略に気付かないふりをすることにした。
ちょうどそんな時に水月の挙げた奇声に釣られ孝明が二人の傍へやって来る。
「おっ!例の賭けやってんのか?だったら俺は断然、嘘に一万だな!」
そういって孝明は賭けの内容やオッズを一切見ないで自分の財布から一万円を取り出す。
「―――えっ!?」
さすがにこの行動には驚いたのか水月が驚いたように声を上げる。
「ど、どうして、嘘の方に?」
出来るだけ平然と振舞おうとしている水月の行動が返って怪しくなっている。いや、それだけ孝明の行動を予想しきれなかったということだ。
「どうしてって・・・そんなこと・・・利奈ちゃんが篠原の野郎と付き合ってるなんて信じたくないからに決まってるだろっ!」
ただの自分の願望で賭けを正解へ導くその勘はある意味、凄いというか。
「・・・・まぁ、孝明だからな」
和斗は水月の肩を軽く叩く。
「・・・天災だと思っとけ」
「・・・うん・・・そうする」
さすがに水月と和斗の二人と孝明は幼馴染なだけあって孝明のこういった部分をよく理解しているのか、もう諦めている。孝明は一万円を賭け札と交換して作業をへと戻っていく・・・はずもなくそのまま再びサボり始めた。
そして、和斗も先ほど言ったように嘘の方へ賭けるため、一万円を取りだし、賭け札と交換する。
「うー・・・・はい」
納得しているとはいえ、まだ完全に振り切っていないのか人間としてどうかと思わせる声を唸らせる。
「ったく・・・ん?」
和斗がちょうど持ち金の一万円を賭け札と交換した時に潤が周囲の女の子から離れて和斗たちの元へやってくる。
「水月。僕は嘘の方に一万だ」
「うがぁーーーー!」
潤の言葉に水月は甲高い咆哮をあげた。その後ろで和斗が大笑いして顔面に拳を埋め込まれたことはいうまでもない。
「ぐふっ・・」
本日、二度目となる顔面パンチ。いい加減、学べばいいのにと、思ってしまうかもしれないが、思っていてもついついやってしまうのが和斗の性分なのだろう。いや、そういったやりとりを楽しんでいるのかもしれない。
まぁ、実際はどうなのか分からないが。
結局、先ほどまでと変わりなく顔面を手で覆って講堂の床を転がる。だが、さすがに二度目となるとその絵も見慣れてきてしまう。
なるほど、この学園生もきっとこのようにしてこの光景に馴れてきたのだろう、と実感させられる瞬間である。
「天城君はどうして嘘の方に?」
やはりそこは気になるのか、孝明と同じように潤にも尋ねる。すると、もったいつけるようにしばらくの間を置いてゆっくりと口を開く。
「・・・勘だね」
眼鏡を中指で元の位置に戻しながら言う潤。なぜか、言っていることとやっていることに違和感を覚えざるを得ない。
(なんか、イメージ的に潤って理屈や理論を重要視するようなタイプにしか見えないからか?)
和斗は赤くはれ上がった顔を隠し、ゆっくりと立ち上がりながらそう思った。
「こらぁーーー!一ノ瀬!貴様、また下らん賭け事を!」
ちょうど潤が金と札を交換し終えたとき、講堂の入口から一人の男性の声が響いてきた。その声が講堂内に響いた瞬間、今までサボっていた孝明を含む男子生徒一同は一斉に作業を再開し、集まっていた女子生徒たちもすぐに作業に戻る。
それもまた一糸乱れぬ速さで逆にここまで来ると感心してしまうほど。
「ヤバッ!和斗、これあげる!」
そういって水月は和斗に賭けの詳細が書かれた紙を渡して自分はさっさとその場を去っていく。それもまた他の生徒たちに負けず劣らずの素早さで。
「ちょっ!水月!」
和斗が叫んだところで水月はすでに篠原が入ってきたところとは違う講堂の出入り口から講堂の外へ逃げ出していた。当然、戻ってくるはずがない。いつの間にか傍にいたはずの潤さえもすでに自分に割り振られた場所で作業に戻っていた。
「・・・・んな馬鹿な・・」
あまりの薄情な友人たちに思わず茫然とする和斗。
和斗が茫然としている間に猛然と急接近していた篠原が和斗を逃がすまいと和斗の正面に立ちふさがる。
「よぉし、龍雅。おとなしく、その紙を渡せば・・・」
「はい」
「・・・・お?」
和斗は篠原が言葉を全部言い終わる前に水月から託された賭けの詳細が書かれている紙をなんの戸惑いも躊躇もなく篠原に素直に差し出す。
そのあまりにも素直な光景に思わず、篠原も驚きを隠せない。
「め、め、め、珍しく殊勝じゃないか、龍雅」
相当、戸惑っているのか呂律がうまく回らず何度も噛みうまく話せない篠原。そこまで和斗が素直に紙を差し出したことが信じられないという篠原も教師としてどうかと思わなくもない。
動揺しながらも篠原は和斗からその詳細が書かれた紙を受け取り、そして、それが偽物ではないかとしっかりと吟味してからやっと和斗の正面から立ち退く。
「んじゃ、しっかり渡しましたから」
「う・・うむ・・・」
まだ信じられないのか篠原は和斗の一挙手一投足に注目する。そこで和斗は何かを思い出したかのように足を止めて振り返り、余計なひと言を言う。
「あっとそうだ、先生。言い忘れてましたけど、その賭け、孝明や潤も関与してますよ」
まさかそこで自分たちの名前が挙げられるとは思わなかったのか、思わず作業の手を止める二人。
「ほう。それはいい情報を聞いたな」
ゆらりと和斗に見せた狩人の目を今度は孝明と潤に向ける。
「「なっ!和斗!お前(君)は仲間を売るのか!?」」
二人は自分たちをこの危機的状況に陥れた犯人、和斗に向けて叫ぶ。だが、和斗は満面の笑みで「んじゃ、後は任せた」と言いながら片手を挙げて悠々綽々と割り当てられた作業を残して講堂を去って行った。
「「和斗おおおぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーー!!」」