作品集
こんな具合に考え事をしていると、決まって彼女は現れる。
「隣空いてるかしら?」
どう見ても空いているのに、彼女は必ずそう聞いてきた。僕とのコミュニケーションに於いて、彼女はいつも二つくらいのクッションを間に挟む癖があった。あくまで比喩表現上のクッションだけれど。
僕は彼女のクッションを有効活用して、周りを見渡す。答え合わせだ。
「空いてるよ」
「じゃあ隣失礼してもいいかしら?」
彼女は二つ目のクッションを挟み終わる。
「どうぞ」
少し頭を垂れ、隣にぽすっと座る。そしてクリーム色のショルダーバックから、小さな弁当箱と水筒を取り出し、僕の音楽雑誌の横に置いた。
「今から食べるの?」
時計をちらっと見て、彼女の広がっている弁当に視線を落とす。手作りらしく、美味しそうな卵焼きや、形のいいおにぎりや、可愛い串の刺さったウインナーなどが詰まっていた。
「ええ。午後の講義までまだ時間があるのよ」
卵焼きをつつきながら説明をする彼女に、「成る程」と相槌を打ち、雑誌に舞い戻る。
「今はどのアーティストがお勧めかしら?」
箸を咥えたまま雑誌を覗き込む彼女の髪から、花の匂いが弾けて嗅覚をくすぐった。
「このバンドとかは…結構好きだよ」
はっ、と僕の目に視線を移し、箸を口から外す。
「あなたは音楽やるの?」
「まぁそれなりに」
「オリジナル?」
「まぁ…うん」
何故か照れる。彼女はとても興味津々だ。
「バンドとか組んでるの?」
「高校の時には一応」
「何が出来るの?」
「アコギだけ」
僕は後頭部をぽりぽり掻きながら、少し俯きがちに答える。彼女が興味を持っているのは僕ではない。音楽だ。
分かっている筈なのに。