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星夜

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 セイヤくんは、もういないのだ。私の隣で、死んでいった。
 私の家の目の前まで帰ってきていて、私がセイヤくんを見ていない間に、背中に鈍い音が突き刺さって、振り向いたら彼は血塗れだった。交通事故だった。
 私はただ、そこに突っ立っていただけだった。タイミングよく玄関からでてきた母が、救急車を呼んで、セイヤくんのお母さんを呼んできた。
「救急車を呼んだから」
 その母の声を聞いてから、私はずっと、救急車が来るであろう道の先を睨んでいた。いくら目を凝らしても救急車は来なくて、私は涙をぼろぼろ流しながら泣いた。実際に待っていたのは数分だったのに、私にはどこまでも長く感じられた。
 周りの大人たちと、動かないセイヤくんを見ると、自分の存在を消してしまいたく思った。誰よりも助けたいと思っても、私はこの中で最も役立たずなのだ。いないことが、何よりもの手伝いなのだ。そう気づいたときに、隣のおばちゃんに声を掛けられた。
「ヒカリちゃんは、おうちに帰りなさい」
 私は頷いて家に戻ったと思う。遠くからサイレンが聞こえてきて、少しの安堵と焦りが心の中に加わった。
 玄関戸の裏で、声を上げずにずっと泣いていた。帰ってきた母が抱きしめてくれた温度で、私はようやく嗚咽を漏らすことができた。
「セイヤくん……」
 そう呟いてみると、星がいくつか瞬いた気がした。
 私がセイヤくんに抱いている感情に、名前を付けるなら罪悪感だろう。何もすることができなかった自分への免罪符のように、この気持ちを毎日ぶら下げてきた。
 セイヤくんが死んで、もうすぐで五年が経つ。私はセイヤくんを追い越して大人になっていく。その前に、どうしても彼に言いたかったのだ。
 目を瞑って、真っ暗闇の中に身を落とす。そしてセイヤくんがいた日々をひっぱりあげてみた。
 通学路。私が入学したての頃は、手を繋いで歩いてくれた。近所の子供たちと一緒に、誕生日会もした。学期末になると、休みの間に遊んでくれる約束もした。セイヤくんは、中学校に上がっても、顔を見かけた時は色んな話をしてくれた。
 思い出を掘り起こす度に、瞼の裏に明かりが灯っていくような気分だった。暗闇の中の一番近くに、星空があるかのようだ。
 私はゆっくりと目を開けた。夏の風が頬を撫でて走り去っていく。
 短冊を縛り付けた笹の方に目をやると、そこには風と共に踊る短冊と、制服の、人影があった。私は目を疑った。その人の髪の色を、その制服を、左手に付けた時計を、私は覚えていたのだ。
 私は飛び起きて、名前を呼ぼうとしたが、口からは空気が漏れるだけだった。
 人影は先ほどの私のように笹に手を伸ばしている。私の短冊を見ているのだろうか。そしてそのまま草むらに腰を下ろして、空を見上げている。
「あ……」
 そこに、目の前に座っているのは、紛れもないセイヤくんだった。私の学校の制服を着た、私の記憶に残る最後のセイヤくん。いやに、小さく感じた。
 ああ、彼の言ったことは本当だったのだ。一番会いたい人と、会える日。
「セイヤ、くん」
 声を絞り出してみた。少年の髪がはらりと揺れただけだった。
「セイヤくん!」
 今度は近所に聞こえてしまうかもしれないくらいの声で。しかし彼は反応を示さない。セイヤくんには、私の声が聞こえていないのだろうか。
 それでも、と私はセイヤくんに言いたかったことを吐き出すように紡いだ。ずっと考えてきた言葉たちなのに、どうしてかつっかえつっかえになってしまう。
「セイヤくん、聞こえてなくても言うね。私だよ、ヒカリ。セイヤくんにずっと会いたかった。会って、私もちょっとは成長したんだ! って言ってやりたかった」
 相変わらず、セイヤくんは何事も無いかのように、星を見ている。
「……私、セイヤくんと同い年になっちゃった。セイヤくんがいなくなったのは私が小三の頃だったから、もう五年も経ったんだ。もう、色々考えるようになったし、セイヤくんの知らない私の方が多くなったかな?」
 そこまで言って、喉の奥が締め付けられた。夜空には、星が輝いているままだ。
「ねえ、あの時何もできなかった私は、もういないから。今度はきっと、誰か大切な人の役に立てるから。セイヤくんがしてくれたみたいに、私も誰かを大切にできるようになるから」
 ずっと、伝えたかった。私は、セイヤくんみたいになりたかったんだ。私は、セイヤくんを越えていかなければならない。
 セイヤくんが、立ち上がった。そして頭を回して、それから体もこっちに向けて、一瞬きょとんとした。私と目が合う。私の口から呻き声のようなものが響いた。
 彼が私に向けたのは、子供のような笑顔。止まってしまった、あの時のままの、金平糖をたくさんに頬張ったときに見せるような笑顔。
 視界が滲んで、腕で目を擦った。再び前を見ると、そこには真夜中の草原しかなかった。
 私はゆっくりと、セイヤくんが座っていた場所に降りていった。気づけばちらちらと虫の鳴き声が聞こえる。もう、気づかないうちに秋になってしまったのだろうか。
 笹を見上げてみる。そこには短冊が二つあった。私の心は驚くほど静かで、無心でその笹に手を伸ばした。
 二枚の紙には、同じ言葉が一つずつ。
 「大切な人に会えますように」
 思わずクスリと笑ってしまった。見上げれば星の夜。小さく見える大きな光のさざめきは、私を取り囲むように輝いていた。
作品名:星夜 作家名:さと