小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

星夜

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
「七夕の日はね、一番会いたい人と、一年に一度だけ会える日なんだよ」
 隣の家に住んでいた、五つ年上のセイヤくんがそんな風に教えてくれた。確か幼稚園の頃の記憶だ。小学校に入学して、七夕のことを先生に同じように説明したら「ちょっと違うかな」と苦笑いされた。それでも、私はセイヤくんのいう七夕が、本当の七夕なんだと信じている、今も。
 今になって考えてみたら、セイヤくんは七夕とお盆がごっちゃになっていたのかもしれない。間違っているとか、真実とかはどうでもいいのだ。セイヤくんも私も同じように考えていた、という事実が残っていてほしいだけ。
 気づいたら私は中学三年生になっていた。高校受験に向けての勉強の山場である夏休みに、私は何をしているのだろう。草をかき分けながら自問する。ああ、この草は平行脈だから単子葉類か、などという考えが頭に浮かんで、すぐに消えていった。セイヤくんも、こんなことを考えていたときがあったのだろうか。
 昼間は騒がしい夏の日も、夜になった途端に静寂を取り戻す。冬のような痛々しい静けさではないので、恐怖は起こらない。これより奥は学校の敷地内であることを示すフェンスを見つけ、ほっと息をつく。校門を乗り越えるのは気が引けたので、周りの斜面を登ってきたのだ。
 フェンスに寄りかかって深呼吸をすると、気温は下がっているとはいえじんわりと汗をかいていることに気づく。帰ったらシャワーを浴びたいところだが、深夜に家を抜け出した身では無理だろう。
 学校というものは何故丘の上に立っているのか、と登校の度に恨めしくなるものだが、今だけは心地よかった。この丘は、周辺で一番高いだけあって、自分の家が大分足下に見える。ほんの二十メートルほどなのだろうけど。それに、ほんの少しだけ、夜空に近づけるような気がしたのだ。
「同い年、だねえ……」
 独り言を呟いてみる。特に意味はない。
 私は少し重くなった足を動かし、ポケットから紙を取り出した。穴を開けて通した紐を握って、いい場所はないかと周りを見渡した。
 少し歩いたところに、笹があるようだ。目的にもピッタリである。風が吹くと、本当にさらさらと音を立てて揺れる。まるで手招きされているようで、少し胸が高鳴った。
笹の目の前に立ってみると、思ったより丈があった。背は低い方ではないけれど高い方でもないので、背伸びして笹を掴み、しならせて紙をーー短冊を括りつけた。
 風に吹かれてくるくると回る短冊を見て、私は立ち尽くした。笹のさらさらに自分も短冊も同化したように思えて、空を見上げる。
 田舎であることと深夜であることが手伝って、相当な数の星が瞬いて見えた。どうして星はじわりじわりと光っているのだろうか。じっと見ていると、星も呼吸をするように明るさを変えているの分かる。それは天の川のような膨大な数の星の集合になっても同じだ。それぞれがひっそりと息をしながら、川のきらめきを作り出すのだ。
 私はもう一度、セイヤくんの言葉を思い出した。会いたい、と強く思う。願っても仕方のないことだと分かってはいても、忘れることだけはしたくなかった。セイヤくんのことを忘れたら、自分の芯が腐り落ちてしまうような気がしたのだ。
 私はもっと星を眺めていたくなって、寝転がれる場所を探した。斜面を上がったところに、開けた場所があった。生えている草は長めだが、寝転んだら問題ないだろうと思い、私はそこに向かった。
 大の字に寝そべって、星の光を網膜に映した。星に関する知識はないので、どれが織り姫星か彦星かは見当もつかない。それでも、どこかで今頃会えているのだろうか、と思うだけで救われた気分になった。
 この星の一つ一つが太陽よりも大きくて、太陽よりも明るいと知ったときには驚いた。そのくせ太陽は眩しすぎて見ることもできないから、不思議に思ってセイヤくんに尋ねたことがある。答えは「太陽の方が近いから」。その答え自体は合っているのだが、その根拠を人に話すとまた「ちょっと違うかな」と言われた。
「お星様の方が太陽より遠くにあるでしょ? だから遠くのお星様が出した光は、ぼくたちに届くまでに、角が取れて丸くなっちゃってるんだ。それで、お星様の光はやさしいんだよ」
 今考えてみると、セイヤくんは不思議なことばかり言っていたなあ、と思う。小さい頃の私も、セイヤくんの受け売りばかり話していたのだから、周りには不思議ちゃんと思われていたのかもしれない。
 友達に怪訝な顔で返されても、私はセイヤくんの話が大好きだった。毎日のようにセイヤくんに話してとねだった。その日常が変わり果ててしまったのは今の私と同じ、彼が中三のときだった。
作品名:星夜 作家名:さと