充溢 第一部 第九話
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金貸しの館――街路は真昼の光に照らされ、あちこちからの乱反射で陰が薄い。往来の明るさ故に、建物は鳶色の闇に閉ざされている。このギャップが、金を借りる人間に負い目を感じさせ、闇に目が慣れている彼らは、その舞台装置から優位を汲み取るのである。
世界の暗がりに暮らす人々は、それに慣らされた精神性を持つのだろう。
二人の中年の男が二人、戸口に立っている。一人は、樽のような腹と垂れ下がった頬が、食の"豊かさ"をまざまざと見せつけている。もう一人の男は、ひょろりとしていながら、顔色は悪くない。メガネを掛けて、トカゲのような顔をしている。どちらも金貸しだ。
太った男が急き込む。
「兎にも角にも、俺は、あのアントーニオ奴が憎くて仕方がねぇんだ。
貧乏人と得意先にばかりいい顔をしやがって、あれで自分だけは天国に行けるつもりでいやがる。
何としても、アイツを破滅に追い込んでやる。そうすりゃ、馬脚を露わすだろう」
トカゲはその勢いに戸惑いを見せながらも、気持ちには同意した。アントーニオは目の上のたんこぶ、常日頃から金貸しを小馬鹿にして気に入らない。
「確かに、アイツの所為で、金を絞ってた水夫が幸せに暮らしていやがる。
だがな――滅多な事に関わるのは御免だぞ。
公は諍いが嫌いだからな」
細い身体に似合い、目を細め訝しむ。対照的なもう一人の男は、懇願するように訴える。
「相手が債務不履行にさえなれば、俺はアイツを焼くなり煮るなりできるんだ。
なぁに、あんたは、俺が何をするか、あんたは知らなければいいんだよ。
債権を譲ってくれさえすれば、迷惑なんてかけねぇよ」
最後の言葉尻は、どこか間の抜けた、いくらか惨めな感じとなった。
「ああ、そうしてやるよ。お前さんの頼みとあってはな」
金貸し連中の間にも、商売相手のそれとは違う信用というものはある。そして、この男は、その根性とは裏腹に、横との融通には気前よく、しっかりしている所があった。金貸しは人から嫌われる仕事である事を差し引けば、彼の人格は悪いものではない。
対してアントーニオは大の嫌われ者だったから、彼の行動に疑問を持つ者はいなかったのだ。
男は、人徳で膨らました丸い体を揺らしながら、光の中へ消えていった。
作品名:充溢 第一部 第九話 作家名: