充溢 第一部 第九話
第9話・1/4
ポーシャの邸宅には、ネリッサの他に男女十数名が働いている。
更に何人もの人間が出入りしているので、ポーシャが雇っている人間の数というのは、実のところかなりの人数になりそうだ。
遊惰な生活をしていると言う割には、忙しそうである。
彼らがどんな仕事をしているかはよく分からない。ポーシャの事だから、普通の商売と言う事だけははなかろう。気になるところだが、話を切り出すきっかけもなかった。
それが、今日に限って男が見えない。女も何人か見かけない。チャンスだ。
「今日は男の人を見かけませんね?」
「男って、儂の家のか?」
とぼけるつもりだ。
「ええ、いつも何かしら仕事しているじゃないですか」
「仕事で出ていてな。大急ぎで済ませなければならんから、方々で手配を掛けている」
結果は分かっていたが、その仕事を聞いてみた――秘密だとか、いずれ分かるとか言われて、教えてくれない。
これに落胆はしなかった。相手は魔女なんだから。魔術と呼ばれるような大抵のことは、隠された所で蠢く、人間の力で説明の付く事ばかりだ。
自分の表情に細心の注意を払い、ポーシャを眺める。
「そうだ、今日はアントーニオが夕食に誘ってくれるそうだ。
何やら、最近、金持ち間で流行っている店らしい」
「それなら、先に少し食べていかなくてはなりませんね」
自分はポーシャの趣味を弁えているつもりだ。普通なら、こんな成金趣味の夕べなんて歯牙にも掛けなかっただろう。それでも誘いに乗ったのは、ネリッサとマクシミリアンの"特訓"の日だからだ。詰まるところ、ポーシャは暇なのだ。
アントーニオ自身はお金に自由の効く身でもないのだが、放埒の日々を過ごしている。船が戻るか戻らないかで心を曇らせずに済む人間だ。借金如きで動じる男ではないのだ。
彼は彼で好奇心の塊だ。金持ちが褒めるなら、それを彼らの流儀で試してみて、大した事がなければ、大いに笑いものにしてやる。そのような趣味の持ち主だった。
高い店に連れて行かれるという事だけあって、ポーシャと一緒に着替えさせられた。
ネリッサだったら、どんな服を私に着せただろうか?
作品名:充溢 第一部 第九話 作家名: