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反復 ―Da Capo―

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 ジンが屋上に上がったのは、十一時半を過ぎた頃ろうか。見渡す限り、何もなかったし誰もいなかった。ジンは、いつもそれが立っている右端の近くに立ち、空を仰いだ。
 その日は雲ひとつさえ見当たらない晴天で、とてもじゃないが幽霊やら妖怪やらの物騒なものが出そうには思えなかった。
 しかし、しばらく待っていると、ジンの目前にはもうそれがいた。彼は驚きのあまり、年甲斐も無く腰を抜かした。しかしそれも無理はないことであろう。
 ――今まで空と白いコンクリートばかりしか広がっていなかった二種類の空間に、まばたき一つする間にそれは前からいたかのように存在していたのだから。

 “おかしなもの”はそよぐ風に髪や服が揺れる様子も無く、ただジンに背を向けてそれは立っている。まるで別別の写真を切り取ってくっつけたような光景だった。

 ジンは、息をするのを忘れていた。もしかしたらまばたきすらしていなかったかもしれぬ。
 ほんの数秒後、自身の目的を思い出したジンは、声を出す前に手を伸ばした。

 ジンの手が、少女の手首を掴む。細い手だった。だが、それは何の結果も出さなかった。彼女はジンに手首をしっかり掴まれていたにも関わらず、ふっと、消えた。下に、落ちたのだ。
 ジンは驚いた。
 彼の驚きの理由のひとつは、娘の手首を掴んだ時に(確かに冷たかったが)肉の感触も色もあったに何故か、まるで風のようにジンの手を摺り抜けてしまったこと。そしてもうひとつは、目の前で人が落ちていくのを見たからである。

 ジンが慌てて下を覗き込むと、落ちていていく少女が見え、そして地面にぶつかった瞬間も見えた。
 人ひとり落ちたのだから、それはそれは聞くも無惨な音が周囲に響き渡るだろうと、ジンは咄嗟に耳を塞いだのだが、それは音も立てずに地面に落ちた。
 顔面からだったので額が割れてしまったのか、地面に血の池を広げながらぴくりともしないですうっと、消えた。

 やや冷たい風が通り抜ける、ビュウビュウという音だけが、ジンの顔と鼓膜を刺激する。
 ジンは、何故か急にとてもとても悲しくなって、もう少しで泣いてしまいそうになった。
 きっとこの時、ジンは自分でもよく分からないが、何か悟ったのだ。

作品名:反復 ―Da Capo― 作家名:狂言巡