反復 ―Da Capo―
(体験者:王高貴仁(おうこうき・じん))
どんなに世の中が変動しても、おかしなものは案外数多くいるものだ。
そう。確かに“それ”は人間の姿をしていたのだが、それはどうやらこの世界で息づいている様子は感じられなかった。
故に“人間”ではなく“もの”と表現するのが正しいのかもしれぬ。
それは一見すると少女だ。
背格好は十代半ばから後半。髪は赤く背中ぐらいまで伸ばされている。顔はいつも俯いているのと逆光のせいで、美醜は付けられぬ。着ているのは白のブラウスに下は黒のフレアスカート。至ってどこにでもいそうな女子学生である。
それが現れるようになったのは、学院に幽霊やら妖怪やらが出るようになってからほんの一週間もした頃だろうか。
最初に気付いたのが誰だかははっきりしないが、いつの間にかそれの噂は学院中に一気に広まり、そしてゆっくり溶け込んでいった。
最も、このような簡素な分別で決め付けはいけないのだが、それは妖の類にしては見た目おぞましいところなく、かといって幽霊らしく透けてもおらぬ。あれはどちらに分類すべきか、何とも判別し辛い。
これは、ひたすら飛び降りるだけなのだから。
そのおかしなものが現れる場所と時間はいつも決まっている。魔麟学院の西旧校舎の屋上だ。時は昼間のちょうど十二時。
毎日そこに現れて、ただ飛び降りる。それだけ。躊躇うようなそぶりは微塵も見せず、ただちょっとばかりそこに佇んで、そして迷いの無い足取りで屋根から落っこちていくのだ。
初めて見た者は、それはそれは驚いたことだろう。誰かが飛び降りたかと思って慌てて駆け寄ってみれば、死体どころか血液一滴さえ見つからないのだから。
翌日もそうだった、その次の日も。毎日毎日、それは現れては飛び降りていく。何か語ることもなく、静かに静かに、繰り返していく。何がしたいのか一向にわからぬ。
しかしとうとう誰かが、飛び降りるのを止めさせようと試みようとした。
その誰かとは、まあ、ジンという恐いくらい人の良い少年しかおるまい。彼は友人らが止めるのを聞きもせず、果敢にも屋上に向かった。
作品名:反復 ―Da Capo― 作家名:狂言巡