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桃太郎

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 いや、そんなことは些末にさえ入らない問題だろうか。桃太郎は誰に言われるわけではなく鬼退治を言い出したのだ。その目的さえしっかりと据えていればそれでいい。そう、僅かな時間に思った。
 ひとたび闘争が始まってしまえば、後はもう死に物狂いだった。猿、犬は必死の形相で死中に、それでも活を見いだしていく。
 桃太郎は風のように舞い、鬼どもを次々と斬って捨てていた。釣られて宙に舞った首の数は従者が傷つけた鬼の比ではない。途中、刃が欠けたと言い、その場に落ちていた大太刀を拾ってからはさらに速度が上がった。
 そんな桃太郎の大攻勢を面白げに見ていた者がいた。鬼の頭である。他の鬼どもよりも一回り大きなこの大鬼は、手下、仲間がいくら絶命しようとも腰を上げることをしない。
 杯を呷って不敵に笑うと、桃太郎に言葉を投げた。
「坊主、名は」
「桃太郎」そう言って、大太刀を片手で振った。
 血の滴が線となって地に付いた。
「誰の命できた」
 この騒動の依頼主が身分の高いものであればあるほど、返り討ちにしたときに箔が付くというものだろう。ことここに来たりて仲間の断末魔を聞きながら、大将は我欲に満ちていた。しかしその思惑は桃太郎のたった一言で外れて消えることになる。
「誰に言われたものでもない」
 ただ自分の意志でここにきたのだと、高らかに宣言するわけでなし、しかし芯の通った声で言った。
 大鬼の表情はみるみると険しくなった。自前の金棒を担いで並々ならぬ巨躯を誇示するように立ち上がった。
 辺りは変わらず騒がしい。犬と猿が血で体を汚しながら鬼どもに食らいついている。
 それがしんと静まりかえった。
 桃太郎と鬼の大将の一騎打ち。これですべてが決するのだろうと察せられた。
 風が吹く。
 鬼は得物を両手で以て上段構え。目の前の小人を叩き潰す一心である。
 対する桃太郎は横一閃の薙払い。切っ先が若干下がり、迎え撃とうとする気が強い。
 長々とした仕掛合いはなかった。勝負は一瞬、一合でついた。打撃と剣戟の交叉は刹那。
 立っていたのは桃太郎である。大鬼は赤い、赤い血の飛沫を挙げて斃れた。

 雉は死に体でその光景に出くわした。門のすぐ傍で、すでに羽ばたきひとつだってできないでいた。大鬼とときを同じくして倒れる。視界はぼやけ、白く光に包まれていく。誘いに乗った馬鹿な鬼どもはすぐそこまで戻ってきていた。地鳴りが轟く。けれど、もう、終わったのだ。あとは知らない。
 雉はそして、気を失った。
 雉が再び目を覚ましたのは、揺れる船の上だった。やってきたときの舟ではない。大きく、立派な船だった。鬼の持ち物だったものだろう。
 その船に財宝というものはなかった。鬼の住処にはたしかに目映いばかりの財宝があったはずだが、船にはない。
 財宝を奪うために来たわけではないからな。
 きっと、そんなことを言うのだろうと雉は桃太郎の顔を見た。その横顔は遠く水平線を眺めていた。
「やっと目が覚めた」
 女の声がした。雉がその方を見ると、来るときにはいなかった、若い女が行儀よく乗っていた。
「おまえは誰だ」と雉が問う。
「桃太郎さまの妻でございます」
 雉は桃太郎へ顔を向けると、桃太郎は言った。
「捕らえられていたのを助けたら妻にしろというので連れて帰ることにした。どのみち、あそこに置いておくわけにはいかない」
 雉は何を返すわけでもなく、もう一度目を閉じた。

 人生の機転というのはいつなのか、どこに落ちているのか、本当にわからないものである。たとえば、大きな桃が上流から流れてきたとして、それを拾った老婆が、そして老翁が、そのとき何を期待していたかは想像に難くない。しかし期待は裏切られ、結果荷物を背負い込むこととなったが、それがどうして回り回ってこのような結末を迎えることになるとは予想することは叶わない。
 ジリ貧だった老夫婦はいま、近隣で一番の大金持ちとなっている。桃から生まれた子供が育ち、鬼を退治して連れ帰った娘はとある貴族の息女であった。一度鬼に攫われては外聞のために出戻りは叶わず、代わりにと金をたっぷりと授けて嫁に出された。嫁ぐ先は言わずもがな。
 雉は縁側で和む老夫婦を遠目で眺めている。幸福そうな顔を皮肉りたい衝動に駆られるが、それは抑えることにする。その幸福の本意が金でないことを、鬼退治から戻った桃太郎を迎えた表情に見たからだ。
作品名:桃太郎 作家名:山嵜