短編・『湯西川(ゆにしがわ)』にて 6~9
湯西川にて(6)智恵子の安達太良山
世間のお盆休暇が終わると、観光地が一段落をします。
この時期になってから、観光産業にかかわっている人たちは、
それぞれ交代で、遅い夏休みをとり始めます。
「どこがいい?」
清ちゃんがもらった3日間の夏休暇と、
私の夏休みが重なることが知れると、早速、
打ち合わせと称して、本家・伴久へ呼び出されてしまいました。
いつものように、「かずら橋」をわたり、
伴久のロビーへ着きました。
そこから若女将に案内されて、
女将たちが使っている小部屋の縁先から裏庭へ出て
日本庭園の裏側を歩いていくと、湯西川を見下ろせる高みへ出ました。
「ここはとっておきの、秘密の空間ですよ」と、
若女将が川面を覗き込みます。
数歩遅れて歩いてきた清ちゃんが、
ぴたりと背中に寄り添ってきました。
「安達太良山が、見たいなぁ。」
「智恵子抄に出てくるあの、あだたら山?
登山でも、するの。」
「ううん、
どんな山なのか、近くで見てみたいだけ。
大好きなんだ、智恵子の話は。」
「そう・・・。
うん、ならいいさ、そこでも。」
「ねぇ、知っている?
千恵子が油絵を書いていたってことを。」
若女将の姿が木陰に見え隠れしはじめると、
清ちゃんが肩を寄せてきました。
「あまり目立ち過ぎてもねぇ・・・」と、
案内をしてくれた伴久の若女将が、
そんな清ちゃんに背中をむけたまま、独り言をつぶやきました。
「いろいろとありましてねぇ、私も。
ここから湯西川のせせらぎの様子を見降ろしまして、
その都度何度も、こころを洗われました。
いつ見ても、この清廉な川のたたずまいは素敵です。
水の流れとこの静けさが、
ずいぶんと、折々のこころを鎮めてくれました。
あらまぁ、若いお二人に、いつまでもまとわりついていたのでは、
話も出来ず、野簿でしたねぇ。
じゃあね、邪魔者はもう消えますよ。」
後で、お茶をしましょうねと、若女将が立ち去りました。
世間のお盆休暇が終わると、観光地が一段落をします。
この時期になってから、観光産業にかかわっている人たちは、
それぞれ交代で、遅い夏休みをとり始めます。
「どこがいい?」
清ちゃんがもらった3日間の夏休暇と、
私の夏休みが重なることが知れると、早速、
打ち合わせと称して、本家・伴久へ呼び出されてしまいました。
いつものように、「かずら橋」をわたり、
伴久のロビーへ着きました。
そこから若女将に案内されて、
女将たちが使っている小部屋の縁先から裏庭へ出て
日本庭園の裏側を歩いていくと、湯西川を見下ろせる高みへ出ました。
「ここはとっておきの、秘密の空間ですよ」と、
若女将が川面を覗き込みます。
数歩遅れて歩いてきた清ちゃんが、
ぴたりと背中に寄り添ってきました。
「安達太良山が、見たいなぁ。」
「智恵子抄に出てくるあの、あだたら山?
登山でも、するの。」
「ううん、
どんな山なのか、近くで見てみたいだけ。
大好きなんだ、智恵子の話は。」
「そう・・・。
うん、ならいいさ、そこでも。」
「ねぇ、知っている?
千恵子が油絵を書いていたってことを。」
若女将の姿が木陰に見え隠れしはじめると、
清ちゃんが肩を寄せてきました。
「あまり目立ち過ぎてもねぇ・・・」と、
案内をしてくれた伴久の若女将が、
そんな清ちゃんに背中をむけたまま、独り言をつぶやきました。
「いろいろとありましてねぇ、私も。
ここから湯西川のせせらぎの様子を見降ろしまして、
その都度何度も、こころを洗われました。
いつ見ても、この清廉な川のたたずまいは素敵です。
水の流れとこの静けさが、
ずいぶんと、折々のこころを鎮めてくれました。
あらまぁ、若いお二人に、いつまでもまとわりついていたのでは、
話も出来ず、野簿でしたねぇ。
じゃあね、邪魔者はもう消えますよ。」
後で、お茶をしましょうねと、若女将が立ち去りました。
作品名:短編・『湯西川(ゆにしがわ)』にて 6~9 作家名:落合順平