充溢 第一部 第三話
第3話・4/4
マグナウラは、お城(公爵公邸とその周囲の官庁街の事を人々はそう呼ぶ)と同じ構造である。学園を取り巻くように、教授連の邸宅が配置され、その間を埋めるように、下宿やアパートメント、そして、大小の工房がひしめいている。
スィーナーの工房はマグナウラの端っこ。学園とお城との中間ぐらいにあり、学園を利用する者にとっては、不便極まりないが、下手に学生連中と交わらずに済むと考えれば、理想的とも言える。
工房の仕事は、指定されたレシピ通りに魔法薬の合成を行う、合成代行業だ。
何処の工房も、学園相手の商売だ。大抵は教授とひも付きである。後ろに商家があって、輸出向けの薬品を合成している所もあるが、学校と無関係でいられる訳ではない。
学校との馴れ合いが商売の前提なので、寄生生物のように言われる。ただ、その言い分なら、真っ当な生物はアウトサイダーぐらいになるのだが……
どんな世界でも経済とはそんなものである。自己瞞着に優れた人間ほど、"自分を除いた"現実を語り、それを喝破したつもりで得意げな顔をする。
人々は身の回りのあらゆる事に知らず知らずに値札を付けて"比べている"のだ。一つ一つの比較を重ねた結果、値踏みと一番縁遠いと思い込んでいるものでさえ、こうやって商売事と同じ分類に押し込まれる。
"針穴"以上の難しさを厭う連中が、どういう道理で"狭い門"を選ぶだろう?
本当の困窮は、議論の外側にいる人にある。街の中の話が農奴に及ぶことはない。彼らの経済とは、どこまでも括弧付きなのだ。
人からどう呼ばれるにせよ、政治的な話に興味はない。人を雇うつもりも、工房を大きくする野心もないので、自分の暮らしが何とかなっていれば良いのだ。
下手に希望を持って、自らの研究に固執したりしなければ、そして今ある仕事だけに集中していれば、些事に気を回す余裕がなくなる。それで、落ち込んだり焦ったりしなくて済む。
あれから暫く経つ。
プリージやその知り合い達から仕事を貰い、商売の方は比較的順調だ。それはイニシャルコストがタダ同然だったからなのだけど。
ポーシャにはあれから気を配ってもらっている。たまにちょっかいを掛けに訪れ、その度に、お茶や食事に誘われる事が続いた。
作品名:充溢 第一部 第三話 作家名: