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メトロポリスの空

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喫茶店に入ると要輔はコーヒーを、芙蓉はココアを注文した。アルバイトの店員が立ち去ったのを確認すると要輔は薄い唇を開いた。相変わらず表情は変わらない。


「詳しく言えば同じ職場だが所属する課が違うんだ。君のお兄さんとは挨拶程度なら交わしたことがあるよ。とても人の良さそうな好青年だと思ったね、羨ましい」


坂上一樹はこの新都第一地区の区役所に勤務する公務員だった。


「君のお兄さんに比べたら僕なんて税金泥棒でしかないからね。僕の所属する課は他に比べると些か変わっていて、今日も事務の雑用を押し付けられてここまで来たんだ。総務課の坂上が無断欠勤している、様子を見て来いってね。言われて来てみればどうだろう、誰も居ない。よく考えれば君は学校へ行っていて当然の時間帯だった。ああ、ちなみに坂上君が暫く帰ってきて居ないという情報は近所の奥様が快く教えてくれたよ。君からももう一度お礼を言っておいてくれ」
「……はあ」


そう言ったところで飲み物が届いた。要輔はコーヒーカップに口をつける。


「どうした、君も飲むといい」
「い、いただきます」
「君はどう思うかな」
「えっ」


芙蓉は手を止める。要輔の目がジッと芙蓉を見ていた。またこの目だ。


「ああ、気にせず飲んでくれ」
「……」
「ちなみに僕は坂上君の様子を見てきてくれと言われただけだから君の面倒を見る必要も話に追求する必要も全くこれっぽちもないんだがこれはただの僕の興味だから気にしないでくれ」


要輔は見た目からでは想像できない程、異様な饒舌家だった。


「君はどう思う? お兄さんが帰って来ないことを」
「……どういう意味ですか」
「わからないのかな、そのままの意味だよ。最近の高校生は理解力がないね。ああ、悪気があるわけじゃない」
「どう聞いても悪気があるようにしか思えないんですけど」
「そうか。じゃあそういうことでいいよ。すまないな」
「……」


無表情の、それも淡々として冷静な声に言われてもとても謝っているようには思えない。芙蓉は俯いた。まだ出会って数分ほどだがこの男は苦手だ。


「失踪かな、それとも事件にでも巻き込まれたかな」
「……」
「つかぬことを聞くけど、君達兄妹の両親は事故で亡くなったんだっけ。それから坂上君が幼い君をここまで育ててくれたんだろう。若い男が青春時代をフルに使って妹のために全てを注いできたんだね。すごく大変なことだっただろうな。僕にも少しだけ気持ちはわかるよ」
「何が言いたいんですか」
「坂上一樹は失踪である」


芙蓉は顔を上げた。


「このまま俺は妹のために一生を捧げるのかという不安な気持ちになって遠くの街へ旅立った」
「何を……」
「坂上君は君が嫌になって失踪した」
「そんなことないです。お兄ちゃんはいつも優しくていつも私のために何だってしてくれた。お兄ちゃんが私を嫌になるはずがない。私を置いて消えるはずがない」
「君は随分と坂上君に依存しているようだ。その依存が坂上君にとっては重かったんじゃないのかな」
「違う。違う違う。お兄ちゃんはそんな人じゃないもの、嘘なんてつける人じゃない」
「証明できる?」
「えっ」
「それを君は方程式で過程を示して僕に証明できるかい。僕は君のお兄さんのことは知らない、君のことも知らない。そんな僕に君のお兄さんの気持ちを証明することができるかな。人の気持ちなんてその人間自身ですら証明できないものなんだよ」


相変わらずの要輔の無表情と口調に芙蓉は泣きそうになった。この男は嫌いだ。それでも芙蓉は涙を堪えて要輔の目を睨んだ。


「できます」
「へえ」
「お兄ちゃんと私が2人きりで過ごしてきた8年間が過程であり結果です。他の誰にもわからない、家族の絆があります。だから私はお兄ちゃんの失踪はありえないと断言できる。あなたなんかにはわからない」
「不確定な過程だ、それでは証明できない。学校のテストでは間違いなく0点だ」
「これは数学の問題じゃないもの。紙きれ1枚では証明しきれない。人の気持ちの方程式なんてどこにもないんだから」
「そうだね、だから僕にも君のお兄さんが失踪だと決め付けることができない。君達兄妹の絆の深さもわからない。すまない、言いすぎた。だから泣かないでくれ、僕が泣かせたみたいだろ」


いつの間にか芙蓉は泣いていたらしい。要輔はハンカチを差し出して芙蓉の目元に押し付ける。
青いハンカチを手に持って、芙蓉は小さく笑みを零した。


「何言ってるんですか。要輔さんが泣かせたんですよ」
「認めよう」
「……お兄ちゃんは、どこへ行ったんだろう。本当に私が嫌になって出て行っちゃったのかな」
「君が言ったんだぞ、坂上君の失踪はありえないと。自分で出した答えは責任持って最後まで貫くべきだ。学校のテストだってそうだろう、自分で書いた答えが間違っていてもそれは自分の責任にしかならない。カンニング、もとい人に影響されて答えを作ってもそれは結局どこかしら間違っていることなのだから」
「要輔さんは一体何が言いたいんですか」
「僕は好奇心が強くてね。その分いつも人に不愉快な想いをさせてしまうようだ。だから今は君を慰めていると言ったところかな」
「慰めてたんですか」
「わからなかったかな」


要輔はコーヒーを飲み干した。


「過ごしてきた8年間が過程であり結果か。そうだね、君は面白いことを言う」
「……」
「先ほども言った通り、僕は好奇心が強くてね。一度首を突っ込んだことはそれが解決するまで首を抜くことができないんだ」
「え?」
「真面目で優しい青年が突如会社を無断欠勤。1週間自宅にも戻らず、唯一の肉親であり最愛の妹は失踪はないと断言。実に面白いな」
「なにが面白いんですか」
「僕にとってはとても面白い」


相変わらずの無表情で要輔は言った。


「明日役所においで。僕の名前を出せばわかるから」
「え?」
「君のお兄さんを捜そう。僕が所属する課はいつも暇を持て余しているからきっと飛びつく」
「ほ、本当ですか?」
「僕は探偵でも警察でもないただのしがない税金泥棒だが、一度やると言ったことは絶対にやる。約束は守る。君のお兄さんを捜そう。坂上芙蓉さん」
「芙蓉でいいですよ」
「約束しよう、芙蓉。君に協力する」


要輔は薄く笑った。出会って数十分、初めて見る表情であった。


「じゃあ、僕はこれで失礼しよう」


男は腕時計をちらりと見ると、立ち上がって財布から抜き出した札を1枚芙蓉の前に置いた。


「釣りはいらない。とっておいてくれ」
「え、あの」
「公務員の定時は5時だからな」


壁にかけられた時計を見ると時刻はぴったり5時を示していた。
芙蓉が呆気としている間に要輔は薄い鞄を手に立ち去って行く。凛とした背筋はやはり雑誌のモデルのようだった。





作品名:メトロポリスの空 作家名:ユア