表と裏の狭間には 最終話―戻れない日常(中編)―
「やあ!こんな時間に来てくれるとはね。嬉しいよ。ささ、掛けてくれ。今日は来れないのかと思っていたんだよ。」
「ああ、悪いな。卒業式の準備でね。」
「そうか、卒業式か……。ボクは参加できそうに無いが、ゆりたちによろしく言っておいてくれ。」
「つか、俺が言わなくても明日来るだろ。」
「それもそうだね。」
あの後、なんとも締まらない話ではあるが。
俺は、レンの病室に見舞いに来ていた。
「で?結局俺はどうすればいいんだ?」
「そうね。とりあえず、蓮華のお見舞いに行ってきなさい。」
「は?」
「今から家に戻って、蓮華の病室まで行けば、間に合うでしょ。」
「まあ、間に合うだろうが………。」
「だから、蓮華の見舞いに行ってきて頂戴。あたしたちは行けそうにもないから。」
「だからって、今日行く必要があるのか?」
「いいから。行ってきなさい。あんたは、あんたの仕事をしなさい。あんたの仕事は、蓮華と雫ちゃんを、幸せにしてやることでしょ?」
そう言ったけれど、紫苑は歯切れが悪い。
「だが………。」
「だが、何よ?」
「だが、俺は、レンを傷つけた……。どんな顔して話せって言うんだ……。」
「ああ、それで。」
ここ最近の、紫苑の妙な態度に納得がいった。
蓮華の見舞いに行くときは、必ず誰かと一緒に行って、口数も少なかった。
あれだけラブラブだったのに、何かおかしいとは思っていたけれど。
「あんた、罪悪感があるのは分かるけどね。でも、あんな微妙な態度をとってどうすんのよ。そのせいで、蓮華もちょっと不満そうだったわよ。」
「だが………。」
「いいから。とにかく、行ってらっしゃいよ。最後くらい、二人っきりで過ごして――」
あ。
しまった。
つい、口を滑らせちゃった。
「最後?どういうことだ?」
「………伏せておきたかったんだけどねぇ。」
紫苑には、最後まで伏せて起きたかった。
最後まで伏せておいて、あたしたちだけで戦うつもりだった。
紫苑は、家に残しておこうと思ってたのに。
あたしの馬鹿。
何でばらしちゃうのよ。
「おい、どういうことだよ?」
「………チッ。座りなさい。」
時間はないが、皆が準備を終えるまでは、まだかかるだろう。
少し話すくらいなら、できるはずだ。
「明日、決戦があるわ。」
「決戦?」
「ええ。桜沢美雪は、恐らく、明日仕掛けてくるわ。」
「明日?」
「ええ。明日よ。だから、今日お見舞いに行ってきなさいって言ってるの。」
「………まさか、帰ってこないつもりか?」
………鋭い。
「まさか。そんなわけないでしょう?ちゃんと帰ってくるわよ。でも、節目だからね。だから、あんたも、ちゃんと自分の気持ちにケリをつけてきなさい。」
「………。」
「今までみたいに、何かを抱えながら戦ってなんかいたら、あんたは戦力にならないわ。ここで、全部吹っ切ってきなさい。」
そこまで言って、紫苑はようやっと承諾してくれた。
さて、紫苑も追い出したし、あたしのほうも仕事を始めないと。
部屋のあちこちを漁って、使う資料を集める。
その傍ら、携帯を取り出す。
そして、ある番号にかける。
「………もしもし、野々宮さん?」
『やあ。今日はどうしたんだい?』
久しぶりに聞く、野々宮さんの声だ。
軽い調子で、しかしふざけているわけではない。
フレンドリーではあるが、大人としての威厳もある。
そんな、不思議な声だ。
とても、落ち着く。
「お久しぶりです。元気?」
『ああ、元気だよ。そっちはどうだい?』
「あたしも元気よ。みんなもね。」
『それは重畳。で?今日はどうしたんだい?』
「ああ、そうね………。」
今日はこのために電話したのだ。
「あした、多分動くわ。」
『そうか。』
「例の件、お願いしていい?」
『言っただろう?頼まれるってさ。無論受けるよ。』
「……ありがとう。」
『いいよ。』
「じゃあ、お願いするわね。」
『ああ。』
「それじゃ。」
『うん。無事を祈るよ。』
「野々宮さんも、元気でね。」
それだけやりとりして、電話を切った。
時間にして、一分程度の通話だった。
通話は一分くらいで切れた。
「まったく。ゆりちゃんはせっかちだなぁ。」
なんて、警視総監は気軽そうに呟いた。
軽い口調で呟きつつ、内心はかなり真剣なのだが。
そのことを知っているのは、よくつるむ連中くらいだ。
周囲の人間からは、『真剣味に欠ける』などという評価を受けがちである。
そのことに心を痛めているのは、密かな秘密だ。
野々宮は、椅子に深々と腰掛け、電話帳を開く。
そして、ある番号にかける。
「やあ。今暇かい?」
『はっ。現在は。ご用件は?』
「いやいや、そんな改まらなくていいって。ほら、今日あたり、いつもの面子を集めてメシでもどうかな~と思って。」
『構いませんよ。では、皆さんには私のほうから連絡しておきますね。』
「うん、頼むよ。」
『総監の、最後の大仕事になりますな。』
その言葉に対し、野々宮は、やはり軽い調子で答えた。
「仕事なんかじゃないよ。僕は、大人の責務を果たすだけだ。子供たちを助けるのは、大人として当然のことだろう?」
失礼しました、と言って、電話は切れた。
ゆりに、『明日は決戦だ』と話を聞いた後、俺は、レンに会いにいく決意をした。
その前に、俺は家に寄った。
まず、見舞いの荷物を用意するためである。
ついでに、雫にゆりからの伝言を伝える。
「へ?みんな遅くなるの?」
「ああ、ちょっと用事が長引くって電話があった。八時くらいには帰るから、ご飯はそのあたりで用意しといてくれ、って。」
「うん、分かった。お兄ちゃんは?」
「ああ、俺はこの後、レンの見舞いに行ってくる。何か持って行くもの、あるか?」
「………?」
「ん?どうかしたか?」
「いや、お兄ちゃん、やっと一人で行けるようになったんだね、って。」
「んあ?」
「ほら、一人でレンと会うの、避けてたでしょ?喧嘩でもしたの?」
「………知ってたのか。」
「気付いてたよ。だって、お兄ちゃんのことだもん。」
雫は、料理の手を止めて、俺を振り返った。
「レンと喧嘩した?違うよね。レンのほうはお兄ちゃんが避けてるのを不審に思ってたもんね。だから、お兄ちゃんがレンに疚しいことがあったんだ。そうでしょ?」
………相変わらず、鋭すぎるだろこの妹。
まあ、疚しい事は――あるっちゃあるか。
そんな事を思っていると、雫の気配が、俄かに鋭くなった。
「お兄ちゃん、ひょっとして、浮気でもしてる?」
そっちに行くのか!!
………これは、やばい方向に向かうぞ……。
「まさか、そんなことないよね?あるわけないよね?お兄ちゃんが、私やレンを裏切るなんてこと、あるわけないよね?」
………怖い怖い怖い怖い!!
目が据わってる!!
料理途中で包丁持ってるから倍怖い!!
うわ、今何かが頭を過ぎった!!
これは、結構前にやたされた輝製作のギャルゲーの映像じゃねぇか!!
やっべ、フラグ立ったぞオイ……。
「違うよね?違うんだよね?お兄ちゃん?答えてよ。ねぇ?」
いつの間にか瞳からは虹彩が消え、顔には暗い影が差している。
って洒落になんねぇぞ!!
決戦とやらの前に、まずこいつに殺される可能性が出てきた!
「ああ、悪いな。卒業式の準備でね。」
「そうか、卒業式か……。ボクは参加できそうに無いが、ゆりたちによろしく言っておいてくれ。」
「つか、俺が言わなくても明日来るだろ。」
「それもそうだね。」
あの後、なんとも締まらない話ではあるが。
俺は、レンの病室に見舞いに来ていた。
「で?結局俺はどうすればいいんだ?」
「そうね。とりあえず、蓮華のお見舞いに行ってきなさい。」
「は?」
「今から家に戻って、蓮華の病室まで行けば、間に合うでしょ。」
「まあ、間に合うだろうが………。」
「だから、蓮華の見舞いに行ってきて頂戴。あたしたちは行けそうにもないから。」
「だからって、今日行く必要があるのか?」
「いいから。行ってきなさい。あんたは、あんたの仕事をしなさい。あんたの仕事は、蓮華と雫ちゃんを、幸せにしてやることでしょ?」
そう言ったけれど、紫苑は歯切れが悪い。
「だが………。」
「だが、何よ?」
「だが、俺は、レンを傷つけた……。どんな顔して話せって言うんだ……。」
「ああ、それで。」
ここ最近の、紫苑の妙な態度に納得がいった。
蓮華の見舞いに行くときは、必ず誰かと一緒に行って、口数も少なかった。
あれだけラブラブだったのに、何かおかしいとは思っていたけれど。
「あんた、罪悪感があるのは分かるけどね。でも、あんな微妙な態度をとってどうすんのよ。そのせいで、蓮華もちょっと不満そうだったわよ。」
「だが………。」
「いいから。とにかく、行ってらっしゃいよ。最後くらい、二人っきりで過ごして――」
あ。
しまった。
つい、口を滑らせちゃった。
「最後?どういうことだ?」
「………伏せておきたかったんだけどねぇ。」
紫苑には、最後まで伏せて起きたかった。
最後まで伏せておいて、あたしたちだけで戦うつもりだった。
紫苑は、家に残しておこうと思ってたのに。
あたしの馬鹿。
何でばらしちゃうのよ。
「おい、どういうことだよ?」
「………チッ。座りなさい。」
時間はないが、皆が準備を終えるまでは、まだかかるだろう。
少し話すくらいなら、できるはずだ。
「明日、決戦があるわ。」
「決戦?」
「ええ。桜沢美雪は、恐らく、明日仕掛けてくるわ。」
「明日?」
「ええ。明日よ。だから、今日お見舞いに行ってきなさいって言ってるの。」
「………まさか、帰ってこないつもりか?」
………鋭い。
「まさか。そんなわけないでしょう?ちゃんと帰ってくるわよ。でも、節目だからね。だから、あんたも、ちゃんと自分の気持ちにケリをつけてきなさい。」
「………。」
「今までみたいに、何かを抱えながら戦ってなんかいたら、あんたは戦力にならないわ。ここで、全部吹っ切ってきなさい。」
そこまで言って、紫苑はようやっと承諾してくれた。
さて、紫苑も追い出したし、あたしのほうも仕事を始めないと。
部屋のあちこちを漁って、使う資料を集める。
その傍ら、携帯を取り出す。
そして、ある番号にかける。
「………もしもし、野々宮さん?」
『やあ。今日はどうしたんだい?』
久しぶりに聞く、野々宮さんの声だ。
軽い調子で、しかしふざけているわけではない。
フレンドリーではあるが、大人としての威厳もある。
そんな、不思議な声だ。
とても、落ち着く。
「お久しぶりです。元気?」
『ああ、元気だよ。そっちはどうだい?』
「あたしも元気よ。みんなもね。」
『それは重畳。で?今日はどうしたんだい?』
「ああ、そうね………。」
今日はこのために電話したのだ。
「あした、多分動くわ。」
『そうか。』
「例の件、お願いしていい?」
『言っただろう?頼まれるってさ。無論受けるよ。』
「……ありがとう。」
『いいよ。』
「じゃあ、お願いするわね。」
『ああ。』
「それじゃ。」
『うん。無事を祈るよ。』
「野々宮さんも、元気でね。」
それだけやりとりして、電話を切った。
時間にして、一分程度の通話だった。
通話は一分くらいで切れた。
「まったく。ゆりちゃんはせっかちだなぁ。」
なんて、警視総監は気軽そうに呟いた。
軽い口調で呟きつつ、内心はかなり真剣なのだが。
そのことを知っているのは、よくつるむ連中くらいだ。
周囲の人間からは、『真剣味に欠ける』などという評価を受けがちである。
そのことに心を痛めているのは、密かな秘密だ。
野々宮は、椅子に深々と腰掛け、電話帳を開く。
そして、ある番号にかける。
「やあ。今暇かい?」
『はっ。現在は。ご用件は?』
「いやいや、そんな改まらなくていいって。ほら、今日あたり、いつもの面子を集めてメシでもどうかな~と思って。」
『構いませんよ。では、皆さんには私のほうから連絡しておきますね。』
「うん、頼むよ。」
『総監の、最後の大仕事になりますな。』
その言葉に対し、野々宮は、やはり軽い調子で答えた。
「仕事なんかじゃないよ。僕は、大人の責務を果たすだけだ。子供たちを助けるのは、大人として当然のことだろう?」
失礼しました、と言って、電話は切れた。
ゆりに、『明日は決戦だ』と話を聞いた後、俺は、レンに会いにいく決意をした。
その前に、俺は家に寄った。
まず、見舞いの荷物を用意するためである。
ついでに、雫にゆりからの伝言を伝える。
「へ?みんな遅くなるの?」
「ああ、ちょっと用事が長引くって電話があった。八時くらいには帰るから、ご飯はそのあたりで用意しといてくれ、って。」
「うん、分かった。お兄ちゃんは?」
「ああ、俺はこの後、レンの見舞いに行ってくる。何か持って行くもの、あるか?」
「………?」
「ん?どうかしたか?」
「いや、お兄ちゃん、やっと一人で行けるようになったんだね、って。」
「んあ?」
「ほら、一人でレンと会うの、避けてたでしょ?喧嘩でもしたの?」
「………知ってたのか。」
「気付いてたよ。だって、お兄ちゃんのことだもん。」
雫は、料理の手を止めて、俺を振り返った。
「レンと喧嘩した?違うよね。レンのほうはお兄ちゃんが避けてるのを不審に思ってたもんね。だから、お兄ちゃんがレンに疚しいことがあったんだ。そうでしょ?」
………相変わらず、鋭すぎるだろこの妹。
まあ、疚しい事は――あるっちゃあるか。
そんな事を思っていると、雫の気配が、俄かに鋭くなった。
「お兄ちゃん、ひょっとして、浮気でもしてる?」
そっちに行くのか!!
………これは、やばい方向に向かうぞ……。
「まさか、そんなことないよね?あるわけないよね?お兄ちゃんが、私やレンを裏切るなんてこと、あるわけないよね?」
………怖い怖い怖い怖い!!
目が据わってる!!
料理途中で包丁持ってるから倍怖い!!
うわ、今何かが頭を過ぎった!!
これは、結構前にやたされた輝製作のギャルゲーの映像じゃねぇか!!
やっべ、フラグ立ったぞオイ……。
「違うよね?違うんだよね?お兄ちゃん?答えてよ。ねぇ?」
いつの間にか瞳からは虹彩が消え、顔には暗い影が差している。
って洒落になんねぇぞ!!
決戦とやらの前に、まずこいつに殺される可能性が出てきた!
作品名:表と裏の狭間には 最終話―戻れない日常(中編)― 作家名:零崎