小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

茶房 クロッカス その4

INDEX|15ページ/37ページ|

次のページ前のページ
 

 ほろ酔い加減で『R』を出て、歩きながら俺は言った。
「ごめんな、優子。本当はもっとゆっくりしたかったんだろ?」
「……えぇ」
 優子は俯いて、呟くような声で言った。
「俺さ、本当は優子と二人っきりでもう少し話がしたかったんだ。もう少し時間いいかな?」
「えっ?」
 ハッとしたように顔を上げた優子は、にわかに頬を染め、俺を見つめてにっこり微笑むと『うん』と頷いた。
 俺は照れ臭さを隠すようにさっと優子の手を取ると、ある場所を目指して歩き出した。

「――優子、ここ覚えてる?」
 俺たちは、昔、二人で花見に行った公園の入り口に立っていた。
「えぇ、懐かしいわ〜」
 夜もこんな時間だと、街灯の周囲以外はほとんど真っ暗だった。
 俺は構わず優子の手を引いて、かつて二人で寝っ転がった桜の木の袂までやって来た。
 俺は何も言わずそこへ腰を下ろし、ポケットからハンカチを取り出して隣りに敷くと、黙ってそれを見ていた優子にハンカチを指して言った。
「優子も座れば? ここに」
 優子は少し遠慮がちにハンカチの上に座った。
「――あの日のこと、覚えてる?」
 俺は遠くを見ながら言った。
「えぇ、たぶん、一生忘れないと思うわ」
 優子も視線を漂わせた。
「優子、俺……」
「ん?」
「俺たち、……あの時の二人に戻れないかな?」
「えっ……」
「あのさ〜、あの時はあんな風に優子と別れたけど、あの後、しばらくしてようやく分ったんだ。優子と別れたのは間違いだったって……。でも、そう気が付いた時には遅かったんだ。優子が結婚したって風の噂で聞いてさっ。俺、馬鹿だから泣いちゃったよ、さすがにあの時は……。俺って本当に馬鹿だよなぁ。とっても大切なものを、失くしてから気付くんだもんなぁ……」
「――それから後も、一応他の女の人と付き合ってみたりはしたよ。でもダメだった。やっぱり優子とは違う。そう感じてしまうと、もうそれ以上気持ちが入っていかないんだ」
「……だから最近では、もう会えないかも知れないけど、それでも優子だけを思っていようと決めてたんだ。店の前に植えたクロッカスだって、優子との約束を破ってしまったことへの反省と、もしかしたら優子がそれを見て来てくれるかも知れないっていう淡い期待、そんなものを込めて植えたんだ」
「――でも、本当に優子がそれを見て店に来てくれるとは思ってなかった。だから本当に驚いた。けどそれは嬉しい喜びだったよ。それに、優子は結婚して幸せにしてるって思ってたから、こんな言い方は良くないのは分かってるけど、離婚したって聞いて嬉しかった。ごめんな。でもそれが、俺の正直な気持ちなんだ」
「……だから優子、もし君がイヤでなかったら、思い出のこの場所で、あの時のキスからもう一度やり直したいんだ。どうだろう、無理かなぁ?」
 気が付けば、俺は一人でずぅーっとしゃべっていて、優子は何も言わず、ただ黙って俺の話を聞いていた。
 正直俺は、優子の口から出る次の言葉を聞くのが怖かった。
 しばらく無言の時が二人の間に流れて、俺がほぅーっと溜息をつくのとほとんど同時に優子が口を開いた。
「悟郎くん、私の話も聞いてくれる?」