小説が読める!投稿できる!小説家(novelist)の小説投稿コミュニティ!

二次創作小説 https://2.novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
オンライン小説投稿サイト「novelist.jp(ノベリスト・ジェイピー)」

世界は今日も廻る 4

INDEX|1ページ/2ページ|

次のページ
 
控え室の中。本日は雑誌だかの取材も入ってるみたいで、知らない顔がチラホラ。
始まった本番。頭に一発飛び出して、ただいま俺は休憩中。ラストにも出ないといけないので、まだ化粧は落とせない。頭もそのまま。時間は一時間近く押している。まぁ許容範囲内に落ち着いている。一時間なら予定調和の押しだし。
「それで、追いかけて捕まえたんですね?」
「はい。現場は見てません。」
「分かりました。これで結構です。ご協力ありがとうございました。」
お姉さんと三回同じ話を繰り返した。お姉さんは、山崎都世子さん。お兄さんは春日井日向さん。凄く温かそうな名前だと思う。むしろ、暑苦しい名前。
「いやぁ、まさか二城くんにこんな綺麗なお友達がいるとはね。すっかり眼福だね。」
「いやだなー、スズキさんってば。」
「だから、春日井だってば。」
馬鹿と春日井さんは、すでにお決まりになったやり取りをしている。どうやら山崎さんは何時もの事と慣れきっているらしい。その気持ちは分かります。馬鹿にイチイチ付き合うとコッチが疲れるんだよ。
「アール君は、彼とは?」
「知り合いです。ここを紹介してくれたのも、二城です。」
ちなみに、俺の事はアールって呼んでくださいってお願いしてあります。アルファベットのRは、俺が此処で好んで使っている名前だ。気づいたら定着しちゃって、此処じゃ誰も俺を本名で呼ばない。
「そうですか。先ほどアール君の舞台見せていただきました。あまりにも綺麗で見惚れました。」
「ありがとうございます。都世子さんみたいに綺麗な人に言われると嬉しいです。」
山崎さん改め都世子さん。話してみると、最初の硬い印象から一辺して、あの綺麗な笑顔に相応しい人だって分かった。出来る女ってイメージは好きで纏っているらしい。本当はそんなに仕事が出来るわけではないとか言ったけど、この人絶対に出来る人だよね。
「でさぁ、ヤマダさん。やっぱり拾ったら届ける人なんていないと思うんだよねぇ。ついでに、生き物拾ったら交番じゃなくて保健所に届けろとか言われたよ、俺。」
「だから、春日井ね。」
なんの話をしてるんだか。都世子さんと、この春日井さんはコンビを組んで半年。あの時は偶々近くであった殺人事件の捜査に来てたらしい。刑事ドラマみたいだと言ったら、そんなに派手な仕事ではないんだって。むしろ、地味。ひたすら靴底をすり減らして聞き込みばっかりしているらしい。
素人探偵もいなければ、ルノワールの住人もいないし、正義に燃える弁護士なんてのもいないらしい。実際に警察の仕事は積み上げの成果であって、あんな一瞬で犯人が捕らえられるのは余程限られた条件下でのみの特殊事案との事。
「警察も、大変なお仕事なんですね。」
「そうですね、楽な仕事は無いって本当ですね。」
ふふふ、あはは、と笑いあう俺と都世子さん。その隣で、やっぱり名前を間違える馬鹿と律儀に訂正する春日井さん。うん、なんだこれ。
「あー、出番。」
「うぃ。それじゃ、この後も楽しんでください。」
イチさんに呼ばれて、俺は控え室を出る。その後ろでは二城と春日井さん、都世子さんが一緒になって客席へ歩いていく。
「あれ?出番早くない?」
「トラブル。」
「どんぐらい繋げばいいの?」
「十分。」
「あーい。」
機材トラブル、らしい。そんな時ばっかり俺に仕事押し付けるの辞めて欲しい。
マイクを片手にステージに飛び出る。ステージ裏では走り回るスタッフ。いや、実際は狭いから走り回れるほどの余裕なんてないけどね。下で作業する人の頭を使って何かの作業をしているし。
「はーい、皆様ご注目くださーい。」
その間、俺はおどけたピエロ。道化師。ざわつく観客の視線を一身に集める。
「ごめんねー、ちょっとトラブルなので、その間だけちょこーっと待ってください。」
えーとかはーいとか、ちらほら聞こえる声。ニヤニヤしてる馬鹿の顔が一瞬視界に入って、何をする気かと思ったらどうやってつなぐんですかー!!って大声。アイツ、後で絞める。続けて、ストリップー!!なんて叫び。声の主へ視線を回せばニヤけるタケさんだ、仕事しろよアンタは。
「脱いでもいいけど、着るの大変だから却下。何かして欲しいことありますか?十八禁は却下します。」
トンチンカンなことを叫ばれるのは一度で十分、先に釘を刺せばあからさまに不満そうなタケさんと二城の馬鹿。後で本当に釘を刺してやろうと自分に提案、受領します。
「アール、唄って!!」
「歌え!
「アール、アール!!」
そんな掛け声と共に、俺の名前がコールされる。いや、望まれるのはいいけど音が出ないってトラブルなんだけどねぇ。えーっと、どうしようか。一応、今だ演奏者のいない円形舞台の上には鎮座しているアップライトのピアノ、流石にグランドピアノは置けない。そんなにスペースのない円形舞台。外から見ればさぞかし立派なその舞台も、上に上ってしまえばただのスペースにしかならない。俺は好きだけど。こんな空間に現実は似合わない。アップライトのピアノ、蓋に指を這わせて笑えば湧き上がる歓声。歌うのは好きだ。この世のしがらみとか、そんなものとおさらば出来そうな幻覚を見れる。自分にだけ有効な簡単なトリップ。ヘタな薬なんて打つよりも簡単に違う世界に飛べる。俺が歌を覚えたのは何時だったか。もう自分でも覚えてないぐらいに昔々の話。まだ可愛らしい俺と、世界は全て綺麗なもの出来ているんだと勘違いしていた俺がいた頃の話。
世界は美しくなんかない。そう感じてそれを実感したのは、それからすぐだったけど。
上手いとか、下手とか。そんな些細な事柄気にする必要なんてないんだ。ただ、好きなように音を出して好きなように音を操って、ただ好きなように音を紡ぐ、奏でる、演じる。
ぽーんと間抜けたピアノの音、マイクを通さないリアルな音はクリアに響かずにたごまった布みたいな。吸い込まれる音は天井に届く前に散り散りになって消えていく。イイ音。
「じゃ、拝聴しろ。」
そこから、俺には何一つ届かない。ATフィールド全開。全てを遮断して、トリップする。いい感じだ。調律のしっかりしたピアノ、音は間抜けだけども本当の音。本気で整えられたピアノは凄くクリアで心地良い。聞こえているのか、届いているのか。そんなクダラナイこと考えない。ただ、楽しければそれでいい。ぴん、ぽん、と戯れに音を鳴らして。そこに繋がる言葉を吐き出す。あぁ、気持ちイイ。
「十分。」
音の世界から帰還。呼び戻すのは馬鹿の声。無粋。ひたすら無粋。
見渡せば、静まり返った会場。何かしたかと考えて、まぁ関係ないかと切り離す。二城に引きずられるみたいに舞台から遠ざかれば、一拍置いて溢れかえる怒声。にしか聞こえない歓声。
拍手と、怒鳴り声と、アールと叫ぶ声。何かしたっけと考えて、まぁ関係ないかと切り離す。トラブルが収まってそれは重畳。
「可哀想に。この後を引き継ぐのは嫌だろうよ。」
「何の、話だ?」
「お前の演奏は完璧ねって話。」
「どこが?」
作品名:世界は今日も廻る 4 作家名:雪都