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The El Andile Vision 第3章

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 エルダーはジェリーヌが持つ緑石に目を向けた。
「……そなたに、できるのか」
 ジェリーヌの目に微かな疑惑の色が浮かぶ。
「おまえにできぬというのなら、俺がやってみるしかあるまい。『塔』で学んだ者にしかできぬ業だ。今ここで封じなければ、結界が崩れたときには間違いなくこの館など、跡形もなく吹き飛んでしまうだろう」
(――いや、館どころか、下手をすればもっと大きな被害が出るかもしれないが……)
 エルダーはひそかに心の中でそう付け足していた。その顔に皮肉な笑みが広がった。
「確かにそなたの言う通り、時間の問題だな。現にそなたがこうしてたやすく我が結界の中に侵入しているのが何よりの証拠だ。――止むを得ぬ」
 ジェリーヌは渋々ながら、石を彼に渡した。
 エルダーは石を受け取ると、軽く目を閉じた。石の感触を確かめ、自分の気を石の中心に集中する。
 彼の全身に強い衝撃が走った。
 石の中の何かが激しく抵抗しようとする。
 じわりと、エルダーの額に汗が滲んだ。彼の口元が僅かに動き、低い呟きが洩れた。
 彼の体から白い焔が噴き上がったかのように見えたが、エランディルの光の渦の中にあってはそれもあまりはっきりとはわからない。
 しかし彼の手の中では、それに合わせたかのように、石が小さく閃いたかと思うやいなや、見る見るその緑の不思議な光芒を強めていく。
 エルダーは再び目を開いた。その碧の双眸の奥には、魔力を湛えた白い光が焔となって燃え立っている。
「――イサス!」
 エルダーがその名を叫ぶと、イサスははっと我に返り、反射的にその面を上げた。
 エルダーの瞳が――その白い焔が、すかさず彼を捉えた。
(古の力よ、静まれ――!)
 エルダーの体全体を包むように焔が燃え立ち、凄まじいまでの激流となってイサスの方へ流れた。
 イサスは途端に自分の中の力が方向を失って、行きつ戻りつし始めるのを感じた。焔の力に圧されているのだ。
 力が悶え始めている。エルダー・ヴァーンが、力を抑えようと試みていることが、朧気ながら彼にもわかった。今の彼にはただエルダーに身を委ねるしかなかった。
 息のできないような、目眩めく光の洪水の中に身をさらしながら、エルダー・ヴァーンはなおも少年から視線をそらさなかった。そらしたら最後、彼を二度と捉えられなくなってしまうだろう。
 全身から汗が噴き出す。彼は歯を喰いしばり、頑強な力の抵抗に耐えた。
 エランディルの光が白い焔とぶつかり、せめぎあい、互いに渦を巻いて、大きくうねった。焔が光を包み込もうとする。
 力の激突、拮抗――果てなく続くかに見えるような、その繰り返し。
 ともすれば、隙をついて光の渦が何とか逃れ出ようとするが、焔の力がそれに勝る勢いですぐに覆いかぶさってくる。次第に光の力は弱くなりつつあった。
 焼けつくような熱い焔の舌が、イサスの体を撫でるように掠めていった。
 意識が急速に遠のいていき、彼の体はその場にがっくりと崩折れていった。
 光は弱まりながらも、幾重もの光線に分化して、彼の体の周囲を生き物のように駆け巡っていた。
 エルダーは、光る緑石を手に、ゆっくりとイサスに近づいていった。
 それとともに、彼の体を包んでいた白焔も、その火焔を少しずつ鎮めていく。
 彼がイサスのすぐ前に屈みこんだときには、既に双方ともに常と変わらぬ状態に戻っていた。
 エルダーが石をイサスの手に握らせると、イサスはぴくりと体を震わせ、目を開けた。
 石はイサスの手の中で、一瞬強い光を放ったようにみえたが、すぐに色を失い、それから後は何の変化の兆しも見せなかった。
「……なぜ……なんだ……?」
 石を見つめながら、慄然たる思いでイサスは呟いた。
(……なぜ、俺の中に……こんな力がある……?)
 古代フェールの不可思議なる力。彼の内に眠っていたその力が、目覚めた。
「あなたの持つ力の恐ろしさが、おわかりになられたか」
 そう言うエルダー・ヴァーンの表情は常ならぬ厳しさに満ちていたが、同時にその顔には疲労の色も濃く表れていた。まだ呼吸もひどく乱れている。
 彼は明らかに、ひどく消耗している様子だった。
 暴走するエランディルの力を抑えるため全力を注ぎ込んでいたのだから、それも当然のことであったろう。
 エルダーを見上げて、イサスは再び不思議な感覚に囚われた。
(俺は、こいつをずっと知っていた。いや、こいつをというより、こいつの中にあるあの『焔』の感覚を――)
 それは、はたして同じ古の血を受ける者同士であるがゆえの、同族的直感であったのかどうか。
(そう……あなたは、いずれいやでも学ばねばならなくなるだろう。――自らの力を御する方法(すべ)を……)
 エルダー・ヴァーンは冷静な目で、目の前の少年を見返した。
(――さなくば、いつかあなたは、その力に飲み込まれ、自らの身ばかりか、この全世界さえも滅ぼすことになるのだろうから……)