それぞれのクリスマス・イヴ
「お父さん」と娘の呼ぶ声に男の脳がパチンコ店から現実に戻った。
「おかあさん」と短く言って娘は、受話器を示した。
「ああ、うん、分かってるよ」と男は怒ったように言って受話器を置いた。分かっているんだ、俺がバカだってことを、バクチは止めたほうがいいってことも。そう思いながら台所に戻った。
「まったく、いいかげんにしてよね。確実に損することわかっているのに」
娘の言う声を聞きながら男は、ただ黙って下を向いている。
「お母さんがね、お金貸しちゃダメだよといってたよ。プレゼント買うからってお金貰って、どうせスッてしまったんでしょ、お母さんもそう思っていたよ。電車賃も無いと困るだろうから千円ぐらい渡して帰してって」
娘は財布から千円を出して男の目の前に差し出した。
娘には何の反論の言葉も無かった。そして、屈辱的ともいえる千円を受け取ると「すまん」とだけ言って玄関に向かった。
「あ、ちょっと待って」と娘が呼び止めた。
「これ、お母さんに」と言ってケーキの入ったビニール袋を男に渡した。
「ん、お前達のものじゃないのか」男はそう言って娘を見た。
「うちの分は、パパに買ってきてもらうようにメールしといたよ」
娘はやっと笑顔になってそう言った。
「じゃあな」と男は玄関を出た。
「お母さんとよーく話しあいしなよ。このままだと離婚だっていってるよ」
娘の声を後ろに聞きながら、男はケーキの入った袋を下げてとぼとぼと駅に向かった。
◇ ◇ ◇
ふ~っとため息をついて、私は男の想念から抜け出した。そしてもう一人いや二人、カップルの優しく微笑ましい情念に惹かれた。
作品名:それぞれのクリスマス・イヴ 作家名:伊達梁川