認定猶予 -Moratoriums-
唐突に向けられた眼差しに、悠花はややあって頷いた。肯定に引かれた顎。灯がここにきて僅かに口角を上げる。その表情はどこか皮肉めいていた。
「変なやつだって思ったでしょ。この喋り方も元々は、女に間違われるのが面倒で始めたことだけど。でも、今は気に入ってるの。綺麗に着飾ることも、あたしにとって意味有ること。最後には何も残らなくても、今こうしていることが無駄で無意味だとは思わない。だってそうでしょう? あたしたちは留まることを許されているんだから」
それが良いことか悪いことかは、置いておいて、ね。付け加えて、目を細める。
堪えきれずに悠花は首を振った。握り込んだ自分の手に、ぎゅっと力を込めて。臆病な震えを押し隠すように、それでも懸命に灯を見る。
「変なんかじゃありません。それに私も、此処にいることが無意味だとは思いません。此処に来たから私は高座さんや白城さんに会えたんです。だから、後悔もしていません」
悠花の真っ直ぐな言葉に灯は幾分か呆けていた。それからすぐ今度はいつものように女性的な微笑を浮かべて。
「悠花ちゃんは、本当に可愛いね。シロのものでなければあたしのものにしたいのに」
少女が首を傾げれば、灯は益々愉快そうに笑った。
「うちの事務所って男だらけなの。こんな可愛らしい花が一輪でも咲いていれば毎日の仕事も楽しいのに」
悠花は僅かに目を伏せる。小さく微笑んで、今度はゆるゆると首を振る。
「多分、白城さんは私のことなんてなんとも思っていませんよ。……もしかしたら、迷惑に思っているかもしれないけど」
無意識的に目を向けたデスクは相変わらずファイルの山が堆(うずたか)い。白城が事務所を空けてからまだそれ程時間は経っていないはずだ。それでも客足はぽつぽつと途絶えることなく、日によっては何人も、自らの過去を探し出そうとこの倉庫にやってくる。
こんなにデータが蓄積していても、それでも、自分の過去を探す気にはなれない。それは灯の言葉通りだった。この世界では過去は無意味だ。此処では何物も自分に意味など見出せず、その代わり何よりも自由に自分という存在を形成するに至っている。
だから彼女――彼は、純粋な眼差しで問い返す。真っ当な疑問だった。
「じゃあ、悠花ちゃんはどうしてシロの所にいるの?」
「それは……」
そう、悠花がこのビルにやってきたことも、全ては意味のあること。
作品名:認定猶予 -Moratoriums- 作家名:篠宮あさと