「新・シルバーからの恋」 最終章 夢の始まり
「昭子さん、これから三人で仲良くやってゆくんだから、わだかまりがないようにしたいの・・・言いたいことがあったらすべて話して欲しい。聞きたいことはすべて言うから私を許してください」
「美雪さん・・・何謝っているの・・・私はあなたを信頼して、そして素敵な女性だと思ったから働く決心をしたのよ。許すなんて・・・そんな身分じゃないわよ」
身分か・・・そんなふうに考えて欲しくないと思った。
風呂から上がって食事の時間になった。篝火が点けられた幻想的な雰囲気の庭園に能舞台を配した食事処はこの宿の自慢であった。
「こんな処でお食事を頂けるなんて、素敵ね」美雪は副島に言った。
「うん、そうだな・・・これで能が興じられていたら、最高だな」
「ええ、贅沢この上ないですわ・・・」
伊勢湾で採れた新鮮な魚介類がたくさん出された。浜辺の宿ならではの料理に舌鼓を打ちながら5人はいつもよりたくさん口に運んでいた。ビールも進む。
「美雪、あまり飲むと・・・酔うから止めておきなさいよ」
「おい、副島。泊まりなんだからいいじゃないか」
「平川・・・ダメなんだよ、酔わせちゃ、知らないぞ・・・」
「副島さん?無責任な言い方されるのね。面倒見てあげればいいじゃないの」
悦子は少し美雪が可哀相に思えたからそう言った。
「私の事で喧嘩しないで下さい。もう飲みませんから」
「いいのよ、美雪。好きなだけ飲めば・・・もうこんな機会ないんだから。昭子さんも気になさらないでお飲みになって下さいね」
「悦子さん、ありがとうございます。私は酔わない性質なので、美雪さんは任せてください。それに悦子さんもどうぞ飲んで下さい」
「昭子さんもそう言って下さるから、飲みましょう!副島さんも構わないでしょ?あなたも?」
「まあ部屋が違うから俺たちはいいけど・・・なあ、副島?」
「そうだな・・・美雪、すまん口出しして」
「いいのよ、嬉しかった・・・でも、飲むから」
「やっぱり・・・」
食事を終えて部屋に戻ってきてもまだ冷蔵庫からビールを取り出して栓を抜いた。これにはさすがに昭子も待った!をかけた。
「止めて置きなさい、美雪さん・・・続きを話さなくちゃ・・・ね?聞かせて」
「昭子さん、何の続きですか?お姉さん解かる?」
「その話は終了したの。聞きたければ美雪が酔ってない時にして下さい、昭子さん」
「聞きたくはないの・・・徹さんとの事は。私はあなたが悪いなんて思ってないと言いましたよね?それは本当なのよ」
「じゃあ、何をお聞きになりたかったの?」
美雪は酔ってはいたが悦子の言葉に反応して、じっと昭子を見つめた。
「美雪さんと悦子さんは姉妹のように仲良くされているんでしたよね?どうしてなのかしらって・・・特別な想いがあったからじゃないのかって考えましたの。違ってますか?」
「昭子さん、美雪のご主人は私の夫の同僚なの。ご紹介させて頂いたことが大きな縁になっていますから」
「悦子さん・・・いいのよ、隠さなくても・・・聞いたからと言って、喧嘩売ろうっていうわけじゃないし、三人が何でも話せる関係でこれからは仕事して行きたいって美雪さんの思いもあるし・・・だから聞いたの」
「お姉さん、私が話します・・・」
「美雪、昭子さんがそう言ってもお互いを傷つけるようになったら終わりよ。解かっているの?」
「昭子さんの心のどこかに納得できないものが隠れていることの方が後々災いするかも知れないって・・・そう考える事は間違いですか?」
「美雪・・・思い出すとあなたが心配なの・・・耐えられなくなるわよしばらくの間は・・・いいの?」
「昭子さんの辛さ苦しさと比べたら・・・まだ私は幸せ。我慢出来る事ですから・・・多分・・・」
「美雪、私が話す・・・まず私の事から先に」
「悦子さん、ごめんなさい・・・私どうかしていました。自分のことばっかり考えて・・・こんなに良くしてもらっているのに・・・なんてことを・・・」
「昭子さんいいのよ。あなたには私たちが全部話さなくてもおおよその事は察しがついているでしょう?それは本当なの。それでお終いにして・・・全て済んでしまった事なんだし、これから力を合わせてゆくきっかけになった一番の縁だから、悪く考えないで前向きに進んでゆきましょうよ・・・ね?」
「美雪さん、ごめんなさいね・・・悦子さんと一緒にお店が繁盛するように頑張ります。娘も応援してくれていますので心強いです」
「昭子さん、ありがとう。私は絶対に成功させて見せるわ。これから忙しくなるけど・・・応援してね。今日ここに来て本当に良かった・・・私はいい出会いに恵まれているわ」
「そうね、美雪の今は運勢が最高の時なんだわきっと。私もそう感じるもの、ねえ昭子さん?」
「はい、私も同じです」
この日から三人は姉妹のようになんでも話し連絡を取り合いながら開店に向けて準備を進めて行くことになった。
美雪が神戸で喫茶店運営の勉強をしている間、昭子はマクロビティーの食事メニューを考案していた。材料の仕入先や調理方法、調味料や什器に至るまでインターネットをフル活用して調べた。悦子は11月末日で世話になった三友銀行新京橋支店を退職した。
ほぼ外観が出来上がり、内装工事に入った。予定通りに12月にはオープン出来そうになってきた。何度も何度もコーヒーを淹れたり練習をして、厨房設備が使えるようになってからはランチメニューのサンプル作りに時間を費やした。無農薬野菜、有機栽培のコメや味噌、醤油を使っての健康ランチが980円で提供出来るめどが立った。
「昭子さんやったわね!これで行きましょう」美雪はその出来栄えに自信が出た。
「きっとこれなら食べに来て頂ける方で直ぐに売切れてしまうわよ」悦子もそのぐらいの完成度になっていると感じていた。
アパートの入居者も決まり引越しが行われている12月最初の日曜日に美雪の店はオープンした。楽しい雰囲気で寛いで頂けるようにと、店名は「ファンタジア」と名付けられ、車椅子での来店がスムーズに出来るようにバリアフリーとなっていた。
初日は行則も順次も手伝いに来て、忙しく動き回った。ランチに出した健康メニューも好評で、お年寄りには特に評判がよかった。
「また食べに来るわね」そう言って頂ける事が、三人の励みになった。
あっという間の一日が過ぎた。やや疲れた表情になってはいたが、たくさんの方に来てもらえてそれなりの手ごたえと充足感は感じられた。
「明日からも、頑張ろうね」みんなでそう話して、早めの閉店となった。店に最後まで残って後片付けをしていた美雪に行則は、「ご苦労様。成功だね・・・今日だけ見てそう感じた。よくここまで出来るようにしたよね、感心だよ」
「ええ、お姉さんや昭子さんのおかげね。でも本当は、あなたのおかげ・・・感謝しているわ」
「君の人格と才能だよ・・・俺の自慢だな」
「行則さん・・・あなたも私の自慢よ」
作品名:「新・シルバーからの恋」 最終章 夢の始まり 作家名:てっしゅう