理沙と武志
16ばん
武志はまどろみながら、自分の唇に何か触れているのを感じた。ゆっくりと覚醒していくと、目の前に理沙の目があった。武志はすぐに理沙を引きはがした。
「ちょっとちょっと、お目覚めのキスにそれはないでしょ。本当は楽しんでたくせに」
「楽しんでない」
「またまたあ」
「着替えるから外で待っててくれ」
ふくれっ面の理沙を追い出した武志は、手早く着替えてリビングに向かった。涼子がパンをかじりながら本を読んでいた。その横では、理沙がイヤホンをして音楽を聴いていた。
「なんか、いつもより人が多い気がするな」
「そういうことを言うもんじゃないぞ息子よ」涼子は本から顔を上げずにパンをかじった。「理沙ちゃんから聞いたけど、昨日はすごいナイト様だったみたいじゃない。だからさ、理沙ちゃんは不安なわけよ」
「なにが」
「王子様を奪われちゃうんじゃないかって」
「イヤダー、お母様」
理沙と涼子は顔を見合わせてわざとらしくニヤニヤした。武志はあきれたように2人を見て、トーストを口に押し込んだ。
「ほら、さっさと行くぞ」
武志は立ち上がって理沙に手を差し出した。理沙は笑顔でその手を握って立ち上がった。そして、家を出てからしばらくして、武志がぽつりとつぶやいた。
「実はな、昨日はけっこう不安だったよ。よくあの男を取り押さえたりできたもんだよな。それに良助のやつ、完全にキレてたな」
「まあ、あいつは昔からあんな感じだけどね。ま、それは置いといて」理沙は武志の腕にぎゅっと抱きついた。「あたしは不安じゃなかったよ。2人なら、絶対に大丈夫だと思ってたから」
武志は笑顔を浮かべて、理沙の頬をかるく叩いた。
「かもな」
完