ウミへ
波の音が聞こえる。
雲一つない空は水色をしていて、鼓膜を叩くような波は足元まで引き寄せて急に襲いかかってきた。
全身ずぶ濡れになったぼくは目を瞬いて驚いていたが、まあいいかと砂浜を歩き始めた。少し浜によって、波にさらわれない程度に距離をとる。
止むことがない波の音。穏やかに力強く波打つ水面を眺めていると、砂浜にトオルくんがやってきた。
やってきたことに不思議はない。しかし可笑しいのはこちらの目線。波に襲われた時にも思ったのだが、目線が地面に近いのだ。普段ならトオル君を見下ろすのに、今は見上げる形になっている。
どうゆうことだろう。
困惑しているといつものトオルがやってきて微笑みかけてきた。また違和感。何故彼はこんな風に笑うのだろう。あまりこちらに向けられたことのない表情。そう、この表情は。
ぼくをなんの躊躇もなく抱きかかえたトオルはボクを抱きしめた。力加減のない抱擁の苦しさにぼくは喘いだ。
トオルは指を立ててぼくの頬をつつく。
「うふふ、やわらかいね」
波の音のような心臓の音、熱いほどの他人の身体。頬に滑る優しい感触。肌に触れる温かな風を感じながら。ぼくは
目を覚ますと、下りるバス停の三つ前の停留所だった。
僕に凭れかかったサナギはうとうとと船をこぎ、穏やかな顔で眠っている。
つまりはそうゆうことなのだ。
バスの壁を殴りつけたい衝動に駆られた。